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心の敷居は低いほどよい

勉強が「めんどくさく」ならないように、物理的なハードルを下げる工夫は絶対に必要だ。教科書や参考書をちょっと取り出すことさえ、人間はめんどうくさいと感じるものなのである。

参考書のカバーや帯がカバンの中で折れ曲がっただけでも、何となくうっとうしい感じがするものだ。帯は外してきちんと折り、しおり代わりにページに挟みこむ。折れ曲がったカバーがピラピラと暴れないよう、書店で買った時にかけてもらったカバーや、包装紙などでさらに上から覆ったり、塗装のときに使うマスキングテープをホームセンターで買ってきて、折れたカバーを表紙に貼りつけたりする(マスキングテープは、はがしたい時にすぐはがすことができ、ビニルコートされた表面なら跡も残らないので便利だ)

 

だが、物理的ハードル以上に、心理的なハードルを下げることが大切で、なおかつ難しい。

 

そもそも、なぜ勉強を先延ばしするのか。いくら物理的ハードルを下げても、最後に「勉強に取りかかるための『一瞬の心の飛躍』がどうしても残っており、それをエイヤッと飛び越えないと、そもそも勉強に着手さえできないことに、受験生諸君は気づかないだろうか。

この「最後のジャンプ」が心理的ハードルである。物理的ハードルを下げて、下げて、次々と飛び越えてきた末に、最後にこの心理的ハードルが待っているのである。

(関係ないが、この「最後に待っている大物の敵」を「ラスボス」と呼ぶなど、ゲームやマンガ・アニメなどのサブカル用語を当たり前のように用いて一般大衆向けの解説をする人の割合が、さいきん激増している。

 が、わたくしQ氏をはじめとして、家庭用ゲーム機普及以前に人格形成をした世代も、世の中にはまだまだ現役で残っている。

 人間関係を、いきなりドラゴンボールやワンピースの登場人物にたとえて解説されても、ドラゴンボールの時もワンピースの時も、もう大人になっていて読んでいない・見ていないので、Q氏には残念ながら分からない…改めて読んでいる時間も、見ている時間もないし。

 「懐かしい」の意味も込めて解説に使うのなら、せめて科学忍者隊ガッチャマン』『サイボーグ009あたりまでさかのぼってもらえないものか。歳がバレる…)

 

そして、この心のハードルをよいしょと飛び越えると、道はもうなだらかである。あなたは既に「勉強を継続できる人」になっている。あとは単純作業でも、じっくり取り組む思考でも、なんでも続けることができるのだ。

そしていったん勉強をやめても、再び取りかかる際に、いつも心のハードルをひょいと飛び越える習慣さえつけば、毎日の勉強を苦もなくこなせ、あなたはどんどん目標に近づいていく。

この「一瞬の心の飛躍」「最後の決心」が、実はいちばん大きな障害なのである。これを克服できれば、勉強は続けられる。

 

この「最後の決心」は、勉強の場合にだけ越えなければならないハードルではない。人は、歯を磨くのにも、お風呂に入るのにも、ゴミ袋をゴミの集積場に置きに行くのにも、この「最後のハードル」を越えている。

受験生は家でゴミ出しを担当していないかもしれないが、ゴミ出し当番のお父さんが「最後のハードル」を越え損ねたために、ゴミの日にゴミ袋が家に残ってしまうことはままある。出勤や何かの外出のついでに、ゴミ袋をただ手に持って玄関を出ていくだけなのに、それをやらずに終わってしまう日があるわけなのだ。

 

だからこそ「勉強の習慣化」の中でもっとも手ごわいハードルは「最後にちょこっと決心すること」だ。

そして、勉強という物理的・精神的作業が本来かなり大変なものであるだけに、最後のハードルをひとつ越えることさえ、なかなかむずかしい。

けっきょく、

「苦い薬を、鼻をつまんで飲み下す」とか、

「高いところから、目をつぶって飛び降りる」

とかの場合に似た「感覚を一瞬、麻痺させる」試みが必要になってくる。

 

毎回、高い塀の上から目をつぶって飛び降りているうちに、飛び降りること自体は、あまり大したことと思えなくなってくる。よその人が見ている分には「よく、あんな大変なことができるな」と思われるようなことを苦もなくやるには、そのような「慣れ」が必要だ。そして慣れるためには、最初に「自分をだまして、とにかくやる」ことしかない。

この「一瞬」なのである。最大の問題は。

 

さて、11月中で「勉強を継続する上での悩み」の話題を終える予定であったが、すこし延びてしまった。次回につづく。