オンライン医学部予備校

2023年度入試で医学部(東大京大)への合格を目指す全ての受験生をサポートします。

2023年度受講生募集

オンライン医学部予備校2023年度受講生募集

 医学部受験生ご父兄各位

 

春の到来が待ち遠しい今日この頃、受験生においても新高3生においても正念場を迎えてまいりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

この度は当ブログにご訪問頂きありがとうございます

オンライン医学部予備校は開校以来早くも2年が過ぎようとしています。

当ブログにつきましてもこれまで大勢の方に閲覧頂きまして、喜びとともに一層身の引き締まる思いです。

さて、突然ではございますがこの度オンライン医学部予備校2023年度受講生を募集させて頂く運びとなりましたのでご案内申し上げます。

 

実際に受講して1年後どれ学力向上が望めるのか、具体例なども紹介しておりますので、どうぞ最後までお目通し願います。

 

まず初めに自己紹介から簡単に申し上げます。

当ブログの記事を一通り御覧になれば概ね把握して頂けるかとは存じますが、ここで簡単にまとめさせていただきます。

私は田代孝治と申します。

京大医学部医学科を卒業後、学習塾の講師を経て現在『オンライン医学部予備校』の代表として高校生•大学受験生向けの講義(オンライン含む)オリジナルの学習教材の作成などの活動を行っております。

受験生時は数学を最大の得意科目としており、そのアドバンテージを生かし東大模試で理ⅢA~B判定・京大模試ではオール医学部A判定の成績を出していました。

ただ、初めから全国トップレベルの成績だったわけではなく、自分なりに試行錯誤して各科目各分野の要点を理解し、必要に応じて咀嚼しながらまとめ上げ、自在に問題解答に応用できるまでに昇華させるといった徹底した学習の末に上記の成績までに到達しました。

その際、私が最も心がけていたこと新たに学んだ事柄については必ず「再現性」を担保し、理解度を高めていくということです。詳しく申しますと、ただ問題の解法を理解するだけで終わらせるのではなく周りの友達が見ても同程度の深みをもって理解し問題が解けるよう「ノートに図や説明を多用し綺麗にまとめ上げる」ということです。友達が今一つ理解出来ない様子だったり、疑問点をぶつけてきた場合はそれらの内容がそのまま私自身の理解の甘さと直結しているということであり、そのたびにノートの“リニューアル”を重ねていきました。

大学合格後もそのノートは家庭教師のアルバイト等で威力を如何なく発揮し、合格実績を量産していきました。

もちろん万事上手くいってばかりではありませんでした。第一志望に合格出来なかった受験生も少なからずいらっしゃいました。

そのような場合は至らなかった点を分析し、次年度において最高の結果につなげられるよう方法論の改善に全力で努めました。

また医学部在学時から指導に関わっていたため、最新の医学部受験情報の収集も余念なく行いました。生徒のご父兄は医師のご家庭が多く(中には医学部教授もいらっしゃいました)、余所では絶対に得ることの出来ない情報を拝聴したり、見事医学部に合格した生徒と交流を継続し各大学医学部の進級事情などを仕入れたりしました。

そういった経緯を経て完成させたのが現在のオリジナルの指導カリキュラムです。

 

さて、ここからが本題となります。

昨年より、医学部受験生を対象とした通年の指導プログラム「オンライン医学部予備校」を開講いたしました。

「オンライン」とは言っても、通常は《On the Umeda》にお越し頂いての直接指導という方式を主体としており、遠方の方や通塾が難しい方にはご要望に応じてオンライン授業も提供させていただく形となっております。

《On the Umeda》大阪梅田の地下街直結という極めて利便性の高い立地のコワーキングスペースで、オンライン医学部予備校開校以来授業の場オンライン中継の場としてメインで利用させて頂いております

また自習スペースもあり、自学自習のために入り浸っておられる生徒さんもおられます余談ですがカフェスペースもあり美味しいドリンクが飲み放題と、アメニティについてもとても充実しております

“オンザ梅田”で検索して頂ければ施設の概要やアクセスも確認できます

地下鉄各線(JR)梅田駅から地下街直結でほんの数分です(周辺には大きな案内板が出ておりとても分かりやすいです

当施設で受けたインタビュー記事がありますので以下にリンクを貼っておきます(ホームページや広報誌でも紹介されております)

私の指導理念を上手くまとめて頂いておりますので是非ご参照ください

 

onthe.osaka

 

2023年度以降は定員に達するまでは原則私が直接指導に関わらせて頂きますが、定員に達しましたら以降は当予備校所属の経験豊富かつ優秀な講師陣が担当いたします。

いずれの場合も上記のオリジナル教材をベースとしたカリキュラムを組ませて頂きますのでご安心ください

 

ここで自己アピール(オンライン医学部予備校で学ぶメリット)を述べさせて頂きます。 

まず、私自身が京大医学部医学科を受験合格卒業した上で医学部受験業界に長く関わってきたという些か特殊な経歴であるため、医学部受験に関し他には無い「大局観」を持ち合わせていると自負しております

具体的な例として、特定の科目だけを担当する講師や予備校の担任が(合格実績最優先の為か)受験生本人の実力より明らかに低い医学部を勧める場面や実際にそうさせられた事例がしばしば見られますが、これは本来は受験生側の視点に立って状況判断を的確に行う能力を持ち合わせている者にしか許されない行為であると考えております。

受験生の進路に直接関与するには、講師として「全科目にわたって学力を維持」出来ており、かつ「様々な学力の受験生に指導にあたり結果を出してきた経験」を持ち合わせていなければなりません。

その点、受験生ご本人にとって最も納得のいく最高の形で医学部受験を締めくくれるよう、万全なサポートを提供できるかと存じます。

普段の受験指導はもとより志望校(受験校)選定に至るまで医学部受験に関し他とは一味違った、かつ確固たる裏付けのある指導(情報提供含む)が可能であるということです。

余談ですが関西圏某私大医学部(問題非公表)の完全再現問題を作成して保管しております(受講生限定の資料とさせて頂いております)

某医療系予備校で配布されているものよりかなりの精度で再現されています

これが可能なのもひとえに上記の理由によるものです。

 

当予備校では専門科目の数学・理科はもちろん、英語国語社会に関しても有用な学習アドバイスを惜しまず提供させて頂きます(ただし英語や国語社会の授業に関しましては他の実績のあるプロ講師が担当いたします)

また様々な生徒と関わってきたことで、現状把握や分析も得意としておりメンタルサポート・ケアについても対応可能です。

現時点での学力は問いません。個々の事情に応じて個別のカリキュラムを作成いたします(学力の向上など状況の変化にしたがい随時リニューアルしてまいります)。

ただし、大学受験生の場合は「1年で合格」して頂くことを原則としておりますので志望校と比べて著しく学力が低い状態にある場合はお断りさせて頂く場合もございます(ただし学力を伸ばすということにかけましては絶対の自信を持っておりますのでその基準につきましては“かなり緩い”かと思います。その点につきましては以下の「具体例」についてもご参照ください

続きまして、オンライン医学部予備校指導プラン(授業形式)についてご紹介いたします

 

指導プランについて

当予備校の授業形式について説明いたします。

大きく分けて以下の3つの受講形式がございます。

どのプランをご選択頂く場合でも、「無料体験授業」を受けて頂くことを前提としておりますのでご安心のうえ是非ともお問い合わせください(交通費分はご負担願います)。

この他にもご要望がございましたら柔軟に対応させていただきますのでお気兼ねなくご相談ください。

 

〈A〉通塾コース

On the Umedaにお越し頂いてのレッスンとなります

指導科目全科目(数学物理化学直接指導)

無料体験授業の上、個別の指導プランの作成を行います。

大手予備校・鉄緑会・高等進学塾のフォローも承ります。

週1回2時間より承ります。

 

(※)授業料金1時間7500

ご自宅からの交通費・施設利用料金(ご本人様利用分)はご負担願います

 

〈B〉オンライン指導コース

On the Umedaからのzoom中継にて授業を行います

指導科目全科目(数学物理化学直接指導)

無料体験授業の上、個別の指導プランの作成を行います。

週1回2時間より承ります。

 

(※)授業料金1時間7500

 

〈C〉家庭教師コース

ご家庭に直接お伺いいたします

指導科目全科目(数学物理化学直接指導)

無料体験授業の上、個別の指導プランの作成を行います。

大手予備校・鉄緑会・高等進学塾のフォローも承ります。

週1回2.5時間(2時間半)より承ります。

 

(※)授業料金1時間8000円〜10000円(+交通費)

(ご家庭までの距離(通勤時間)に応じて上記の料金の範囲内で変動いたします。参考までに通勤所要時間片道90分のご家庭の場合は上限の金額を頂いております。ご家庭間の通勤時間を極力効率化し概ね〈8000円/時間〉以内の料金で提供できるよう善処いたします)

 

(※)当ブログの執筆を手伝って頂いております「Q氏」国語倫政を中心にマルチに対応可能な“スーパー講師”です。その卓越した文才と着想力はご覧の通りです。

「Q氏」の指導についてはオンラインのみの対応となりますがご希望の場合はお問い合わせください

 

1年間の学力推移(具体例)

最後に、これまで担当した生徒の事例(当予備校開校前•プロ講師時の実績も含む)を紹介いたします。

以下に挙げた例いずれも実際のもの(別々の生徒)ですが、「特別に上手くいった」ケースなどではなく1年間の堅実な指導を経た上での想定通りの結果と考えております。

「これくらいの成績からでも1年間で合格出来るんだな」という1つの目安にして頂けると幸いです。

 

〈ケース1〉浪人生(1浪)

2021年:共通テスト85%・私立医複数校合格

2022年:共通テスト87%名古屋市立大学医学部医学科進学

 

〈ケース2〉浪人生(有名進学校出身2浪生)

2019年:センター試験72%・国立私立医合格無し

2020年:センター試験87%大阪市立大学医学部医学科進学

 

〈ケース3〉浪人生

2020年:私大医学部1次合格無し

(近畿大学医学部後期得点168/400・40点差で不合格

2021年:関西医科大学医学部医学科進学

 

また、当予備校ホームページリンクを以下に貼っておりますので是非ご訪問下さい。

当予備校のコンセプトの詳細や授業風景画像などをご覧頂けます

 

study-medical-online.com

 

 長くなりましたが案内は以上となります。

 繰り返しとなりますが体験授業につきましては無料で提供しておりますので、まずは下記のアドレスをお控えになり直接ご記入またはコピー&ペーストされたうえ、現状についてお気軽にご相談ください

お問い合わせ心よりお待ちしております

 

【お問い合わせ先〈メールアドレス〉】

for.your.best.solution@gmail.com

 

↑コピー&ペーストまたはアドレス直接打ち込みでお気軽に‼︎

共通テスト国語2023 (13)──漢文①_本文の概要1

トルコ・シリア地震地震列島日本では他人事ではない。われわれの日常はつねに奇跡のようなバランスの上にある。

さて、いつまでも共通テストの解説とばかりもいかない。来年の受験生には今年の問題分析を活用してもらうとして、共通テスト2023国語は、残った第4問(漢文)を検討して終わりにしよう。

共通テスト分析のあとは、難関国立2次で国語を使う医学部受験生に対し、国語の傾向分析を特集する予定である。題して「〇〇大には国語で入れ!」シリーズ。お楽しみに。

 

漢文の全体講評だが、全体によくできた問題と評価できる。漢文は一種の外国語試験であり、内容を中立的に問いやすいためか、旧センター時代から、大問4つの中でいちばん論理的に解ける良問が多かった。これは漢文の本質によることだから、今後も同じ傾向は続くだろう。共通テスト国語では、やはり漢文は点を取りたい。

出題文は2種類で、中唐の詩人・白居易(誰だ、「…のこった! のこった!」とか言ってるのは。廊下でシコを踏んでなさい!)が自ら作成した「試験の予想問題」「模擬答案」である。出題としては面白い趣向だが、今回の中味はセンター時代の漢文とあまり変わらない。

 

白居易(白楽天)はいわずと知れた唐詩の大家。日本でも『白氏文集(はくしもんじふ)が平安貴族の必須教養とされたのは、古文のあちこちに出てくるのでよく分かる。

わたくしQ氏も今回調べて初めて知ったのだが、日本の貴族社会で白居易ブーム」が巻き起こった当時、当のご本人である白居易唐でバリバリご存命であり、日本での人気を自ら聞きつけていたという。昔で言えばビートルズとか、今で言えばBTSとかに当たる人気であろうか。世が世なら、東京ドームで初の来日公演とか。ちょっと親しみが湧きますね。

もちろん、死後も唐詩のスタンダードとして、日本でもいまだに漢詩の授業で教材とされる。

 

さて、では漢文の問題を検討しよう。

漢文は、

〇まず、返り点に正確に従って訓読すること

が一番大切である。規則を覚えれば誰にでもできることであるから、正確にできるようにしておきたい。基本中の基本だが、こういう「ぞうきんがけ」「素振り」みたいな基本は大切である。

以下、本文を書き下し文に直したものを掲載する。漢字は適宜ひらがなに改めた。【模擬答案】の途中から白文のままの箇所があり、設問になっている。

 

【予想問題】

問ふ、古(いにしへ)より以来、君たる者その賢を求むるを思はざるはなく、賢なる者その用を効(いた)すを思はざるはなし。然(しか)れども両(ふた)つながら相(あひ)(あ)はざるは、その故は何ぞ。今これを求めんと欲するに、その術はいずくに在りや。

 

【模擬答案】

臣聞く、人君たる者その賢を求むるを思はざるはなく、臣たる者その用を効すを思はざるはなしと。然り而(しか)して君は賢を求めんとして得ず、臣は用を効さんとして 由、豈不以貴賤相懸、朝野相隔、堂遠於千里、門深於九重。

臣以為、賢を求むるに術あり、方あり。方術は、各(おのおの)その族類を審(つまび)らかにし、これをして推薦せしむるのみ。近くこれを喩へに取れば、猶(な)ほ線(いと)と矢とのごときなり。線は針に因(よ)りて入り、矢は弦を待ちて発す。線矢ありと雖(いへど)も、苟(いやし)くも針弦なくんば、自ら致すを求むるも、得るべからざるなり。それ必ず族類を以てするは、蓋(けだ)し賢愚貫くことあり、善悪倫(ともがら)あり、もし類を以て求むれば、[X]以類至。これ亦(ま)た猶ほ水の湿に流れ、火の燥に就くが、自然之理也

 

「而已」「のみ」と読むとか、「者」は場合によって「は」と読めばよいとか、再読文字「猶=なほ~のごとし」副詞「蓋=けだし」の読み方や意など、基本的な「字の読み方」は短期間で復習できる事柄だから、句形とともに復習しておくべきだろう。

 

来年の受験生は、漢文の基礎知識は短時間で片付けてしまい、読解演習をたくさんやるつもりでいるとよいと思う。読解演習は、漢文の場合でも、文理問わず旧センター試験と共通テストの過去問を、30年以上分ひたすらやっていればよい。センター試験からの問題の蓄積は、もはや「宝の山」というくらい充実したストックを形成しており、国語の問題は特に解答形式以外は、読解の訓練には非常によい素材である。過去のセンター試験過去問題集」など、今やネットで投げ売りの状態だろうから、格安で買ってずっとやっていれば、化け物みたいに国語の力がつくぞ。共通テストになったからセンター時代の問題が使えないということは、国語に限ってはまったくないから安心されたい。

 

さて、上のように漢文を書き下し(読み下し)文にすることができれば、あとは古文問題と同じになる。漢文訓読調の古文を読む要領で、頭の中で現代語訳しながら読み進める。

 

Q氏には、近年「漢文が苦手だ」と訴える受験生が激増した実感がある。Q氏の受験期には「漢文は勉強しなくてもよい科目の代表」とされていたが、年を経て事情は変わってきたようだ。

「漢文が読めない理由」はいくつか考えられるが、ここでそのすべてに触れるわけにはいかないので、次回、上記の書き下し文を現代語訳しながら、共通テスト漢文問題の解法に絞って解説したい。

共通テスト国語2023 (12)──古文③_選択肢の検討

共通テスト2023・第3問(古文)のつづき、選択肢の検討コーナーである。

 

まず問1。この種の語句問題は、

①「やうやう」などの古語の辞書的な意味を問う意図と、

文脈に当てはめてみて最も意味が通じやすい選択肢を選ばせる意図との、

2つの題意を含んでいることが多い。が、まずは②のように、文脈に当てはめてみて最もよく意味が通じるものを選ぶのが優先である。最初に②の基準で2択くらいまで絞ってから、記憶している古語の意味を①のように当てはめてみるとよいと思う。

たまに微妙な問題が出るが、第3問の古文全体を通じて、最も紛らわしい問題が出やすいのもこの問1である。間違えたら間違えたで、いさぎよく諦めるべき部分である。配点の高い他の問いを落とさないことだ。肉を切らせて骨を断つ。

 

問2の文法問題も、センター試験時代とあまり変わらない。基礎的な品詞分解や意味の識別などがきちんとできるかどうかを確かめている。正解は③だが、

「若からむ」「形容詞『若し』のカリ活用未然形『若から』+婉曲の助動詞『む』連体形」「断定的に記述することを避けた表現」は〇。

「侍り」はこの場合丁寧語ではなく謙譲語「お控えしている」の意味。「読み手への敬意」ではなく、殿上人への敬意

「ぬ」打消しの助動詞「ず」の連体形であり、「『人々』の驚きを強調した表現」「ぬ」ではなく終助詞「は」のこと。

「覚えずなりぬ」「なり」動詞「なる」の連用形「今後の成り行きを読み手に予想させる表現」はまったく当てはまらない。

文法力がしっかりしていれば、さほど難しい設問ではない。

 

問3は本文の内容に一致する選択肢を選ぶ問題だが、本文が比較的理解しやすい内容だっただけに、これも容易かもしれない。前回までの「概要」参照のこと。

紛らわしい選択肢は強いて言えば③だが、良選が船に乗ることを辞退したのではなく、殿上人が乗せなかったのである。「句を求められたことには喜びを感じていた」直接本文には書いていない。あらかじめ句を用意しているところから見て、やる気満々だったことは想像できないではないが。

 

難しいと言える設問は問4だけだろう。

(ⅰ)は掛詞を問う設問である。「釣殿」は池に張り出した廊下のような部分だが、俊重の発句はそれに「釣り」をかけて「釣殿というくらいだから、釣られてしまわないよう、その下に魚は住まないんだろうな」と言うと同時に、「住む=澄む」の掛詞も使って「釣殿の下の水は澄んでいないのかな」という意味もかぶせている。なかなか技巧的である。

俊頼の付け句は、「確かに魚は住まないんだろうね。うつばり=針の影が見えているからね」「うつばり」「(釣)針」をかけた掛詞を使うと同時に「そこ=底」の掛詞も駆使し、「いや、水は澄んでいるんじゃないだろうか。水の底にうつばりの影が映るくらいだから」と言っているわけである。選択肢の正解は④だが、正解の選択肢で「住む=澄む」と「そこ=底」の掛詞をわざと伏せているところが意地悪である。

(ⅱ)は改めて本文中の良選の発句の解釈を問う問題。掛詞の知識を踏まえて検討しろ、という、割に親切な誘導をつけた設問である。消去法で行くとよいかもしれないが、選択肢③の「紅葉=寛子」「船=藤原氏」という解釈も完全に間違っているとは思えないような気がしてくる。しかし、③の解釈は掛詞について一切触れていないのに対し、「こがれて」の掛詞に矛盾のない解釈を示している①の方が、正解とするのにふさわしいことはふさわしい。
(ⅲ)も本文の内容がつかめれば容易かと思う。正解は③。問4を通じて選択肢が4つであることは、話し合いなどの内容を通じて考えさせる代わりに、センターさんが受験生への時間的配慮を見せてくれているのだろう。

 

以上、古文は現代文に比べて平易であった。今回は現代文がかなり難しく問題数も多いので、問題間調整をした結果であろうか。

 

一時、某ネット百科事典センター試験(当時)の作問体制」についてのまことしやかな情報が出回ったことがあり、試験問題作成者には小問1問ごとに1人の委員が当たり、他の問題を見ずに個別に作問することを求められ、自分の作った問題以外を最後まで見る機会がない…などと書かれていた。

が、実際の問題を見る限り、設問を施す箇所は相互の関連を考えて選ばれており、第1~第4問の全体を見渡した問題間調整も明らかに行われている。問題漏洩を防ぐためとはいえ、誰も全体を見渡すことなしに、個別に作成した小問をただ集めているという方式は、実際出来上がってきた問題からは考えにくい。

 

ともあれ、来年以降の受験生は問題がどうやって作られているかなどの情報には無関心でよいから、古典文法の力をしっかり磨いて、現代文と同じく、問題演習には旧センターから蓄積された過去問を使うのでじゅうぶんだと思う。

 

それでは次回から、第4問の漢文を急いで検討しよう。

共通テスト国語2023 (11)──古文②_本文の概要2

日一日と春の気配が増します。このあたりの季節の移り変わりはほんとうに微妙ですね。

さて、共通テスト2023・第3問(古文)のつづきである。引き続き本文の概要を示そう。

 

【第3段落】

舟遊びに出てきている僧侶たちの中に良選という歌よみがいたが、船上の殿上人のひとりがかれを知っていたので、良選を船に乗せて連歌をさせてみたらどうだろうと提案した。が、船に乗せるのは(身分上)ふさわしくないという話になったため、良選に、池の端に控えたまま、この場にふさわしい連歌を詠み出すよう求めたが、良選はあらかじめ準備していたらしく、かたわらにいた僧にことづけて、

   もみぢ葉のこがれて見ゆる御船かな

 という発句を詠み出した。

※本文の中で最も意味が取りにくい段落と思われる。まず、せりふの主は誰かいちいち考えなければならない。

※また、良選を船に乗せて連歌をさせようと提案した殿上人の1人に対し、

「『いかが。あるべからず。後の人や、さらでもありぬべかりけることかなとや申さむ』などありければ、さもあることとて、乗せずして、たださながら連歌などはせさせてむなど定めて」

のくだりは、

「『どうしてそんなことを。それはまずいだろう。後代の人が、そんなことはしなくてもよかったことなのになあ、と申すのではないだろうか(悪しき先例になってしまうのではないだろうか)』などと言われたので、なるほどそうだなあというわけで、(良選を船には)乗せないで、ただそのまま(その場で)連歌などをさせようと決めて」

という意味でよいだろうが、良選を船に乗せなかったのは、もちろん身分が卑しいためであろう。古文を読んでいると気づくが、和歌の名手といえども往々にして身分が低く、天皇や殿上人がその歌人を褒めたり、褒美を取らせたりする場面に際し、「身分が低いものに対して異例だ」という作者の評価が下されることが多い。

 

【第4段落】

人々がこれを聞いて、船上に触れ回ったが、船に乗っている貴人たちはタイミングを逃して次の句を付けられず、築島を船で1周する間にも付けることができなかった。船じゅうの人々が付け句をしようと焦ったが、島を2周しても誰も思い浮かばなかったため、船を漕ぐのをやめて島の陰に隠れて、もはや付け句を考えるよりも、付け句ができぬまま日が暮れてしまったことを悔やんでいるうちに、あたりは真っ暗になった。

「かへすがへすもわろきことなり。これを今まで付けぬは。」「どう考えてもまずいことだ。(身分の低い良選が詠み出した)この発句に(並みいる殿上人が誰も)句を付けられないのは。」の意味であろう。要するに、貴族たちのメンツが丸つぶれなのである。

共通テスト名物、問4「話し合い」に出てくるが、良選の発句(連歌の第一句)は掛詞を活かしたうまい出だしだったので、それに応ずるようなレベルの高い句を付けねばならず、殿上人たちはプレッシャーで詠めなくなってしまったのである。

※最後の行の「何事も覚えずなりぬ」は、もちろん「意識がなくなってしまった」などではなく、「何も分からないほど真っ暗になった」の意味であろう。

 

【第5段落】

せっかく楽人たちまで船に乗せたのに、(あまりの気まずさに)音楽を奏でる人もいなくなり、そのままになってしまった。貴人たちが船であれこれ話し合っているうちに、普賢堂の前にいた多くの人も、皆立ち去った。貴人たちは船から下りて、気を取り直して(皇后寛子と頼道の)前で管弦の遊びをしようとしたが、それに反して皆逃げるようにしていなくなってしまった。宮司が(管弦の遊びの)準備をしたが、むだになってしまった。

※2~3行目「たがふ」「相違する・反する・合わない」の意味だが、「このことにたがひて」「このこと」「御前にて遊ばむなど思ひ(管弦の遊びをしようという企画)」のことと考えるのが一番自然ではないだろうか。船遊びの際に誰も適切な付け句をできなかったことで場が完全に白けてしまい、せっかくの寛子のための宴が台なしになった、という話である。

 

この「説話」の教訓は、

①良選の発句がすばらしく、誰も後を付けることができないほどの秀句であった

という意味なのか、

②せっかく紅葉の趣向を考えついた殿上人も、連歌に関してはだらしない無能な集団にすぎなかった

という意味なのか、

③宮中のこのエピソードは作者の源俊頼の生まれる前後くらいの出来事なので、それを伝え聞いていた壮年の俊頼が、単なる昔話として後世に伝えようとしている

のか、よく分からないが、問4の話し合いを見ると「こういう時は気負わず句を付けるとよい」という、場面場面を臨機応変に乗り切るべき心得を説いた話らしい。

 

このように、だいたい話の筋が分かれば、現代文に比べて設問も基礎的なものが多く、取り組みやすかったかもしれない。

設問は次回に検討しよう。

共通テスト国語2023 (10)──古文①_本文の概要1

暦の上ではもう春である。数日間、ブログ更新が変則的になってしまったが、共通テスト2023・第3問(古文)を検討しよう。

 

今年の古文は12世紀前半に成立した源俊頼(みなもとの としより/しゅんらい)の歌論書『俊頼髄脳』よりの出題である。歌論とはいっても今回の出題文は説話のような内容で、共通テスト古文としては比較的読みやすいレベルだったと思う。今年の古文は、受験生が「助かった」と言える年度である。来年の受験生は古文が怖いかもしれませんよ。

 

古文が苦手な受験生全体に言いたいことなのだが、共通テストの古文は、最悪の場合、緻密に現代語訳できなくとも「なんとなく意味が分かればいい」と考えればよいのである。出題者もそのような臨機応変の方を求めている。

どんな場合にも逐語訳できなければいけないという完璧主義に陥って構えすぎていると、出題文中には知らない古文単語のひとつやふたつは必ず出てくるから、頭がショートしてしまう。デジタルに逐語訳できる文法力は必要なのだが、特に単語の意味が分からないときは、前後の文脈から意味を推理する力が、正確な文法力に増して大切だ。

 

この「前後の文脈を読むのが非常に苦手」という、頭が固いというか、論理的すぎて言葉から情緒や感覚などを受け取る力が弱い人は一定割合でいるし、医学部受験生には多いと思われるが、そういう人でも文脈を読む力がまったくゼロなわけではない。

「自分に足りないところ」を反省し、或る程度努力して補おうとする姿勢は、皆さんのようにまだ心が発展途上にある人々にとっては大切ではないかと思う。「論理的な前後関係が追えればよく、情緒は必要ない」などという偏った考えは捨てた方がよいのではないだろうか。やはり人間は全人的な発達を目標にしないと、当座はよくても、いずれ近しい他人などとのコミュニケーションや、ひいては生活全般に支障を来すものである。

 

さて、とはいえ今回の古文もだいたい意味が分かればよく、わたくしQ氏もここで論評するまでもないと思われるので、以下に概要を示そう。

 

皇后寛子のための舟遊びの場面だというのはリード文に書いてあるから、そういう前提はもちろん見逃さないことである。

藤原頼道邸での出来事と書かれているが、寛子入内は1050(永承5)年のことらしいから、それより後の出来事であることは間違いないだろう。頼通といえば10円玉の表の図案である宇治の平等院だが、あれは引退後に住んだ別邸で、本宅は高陽院(かやのいん)といって現在の京都市内にあり、代々天皇の住居(里内裏)として使われた豪壮な館だったらしい。大きな池があって名物とされていたらしいので、その本宅での催し物なのかもしれない。

 

【第1段落】

舟遊びのために役人たちが相談して、紅葉を取ってきて船の「屋形」にし、船頭役に若い侍を抜擢し、狩衣の袴を催しにふさわしい色に染めたりして、舟遊びの当日を迎える。島の陰になって見えないところから、華麗な装飾を施された2艘の船が漕ぎ出され、たいへんに風情のある舟遊びの開幕であった。

※1行目「船をばいかがすべき(船をどうしようか)」はせりふと考え、あとに「とて」を補うと分かりやすい。

「屋形」は「屋形船」でおなじみの言葉で、船の甲板上に設けられた家状の覆いのことと思われる。牛車の覆いなどを指す時にも使う。その覆いを、紅葉でめいっぱい装飾したのであろう。

 

【第2段落】

船には楽人たちも乗って、池を周遊していたが、折しも「僧都の君」と呼ばれていた寛子の兄・覚円が普賢堂で祈祷をしていたため、覚円やお供の僧をはじめとする老若の一団が庭に出てきて、花模様の装束に身を包み、平伏して見学していた。

「ゐる」は基本的に「座っている」意味である。貴人たちの前なので、僧侶たちは今でいうビニールシートに当たる筵(むしろ)などを敷いているか、或いは地面にそのまま座っているというイメージでよいと思う。「ゐなみたり」は「居並みたり」で、ズラッと並んで座っている様子だろう。「かかることあり(このような行事がある)とて」とあるから、たまたまその場を通ったのではなく、わざわざ見学に来ているのである。僧侶といっても美しい法服を着ているので、紅葉を散らしたような華やかさであり、船の装飾と視覚的に対をなしている。

※3行目「さし退きつつ群がれゐたり」は、貴人の優雅な舟遊びの手前、恐縮して退きながら平伏している様子を指すとみてよさそうだ。

 

さて、概要を示すだけでも紙数を費やすので、このへんで次回に。

共通テスト国語2023 (9)──小説④_選択肢の検討その3

節分である。大寒波の真っ最中に比べればやはり多少は気温が上がってきたように思える。わたくしQ氏の住まいの近くでも、梅の花がちらほらほころんでいるのが見られる。医学部受験生の皆さんの闘いはまだまだ続きますね。

本日は更新時刻が少し遅くなってしまいました。

 

さて、共通テスト2023・第2問(小説)の選択肢の検討である。共通テストの売りである新形式、読者の「メモ」を扱った問7を見てみよう。

マツダランプ」の広告を引用した【資料】に基づく研究は非常に面白いのだが、さすがに、大問4つがすべていちいち「メモ」「話し合い」付きでは大変だ…という受験生の負担感も分かる。Q氏は共通テストの新形式に焦りすぎないよう、受験生に再三申し上げてきたが、確かに問題数がちょっと無駄に多い気もしますな。

大問4つのすべてに「メモ」や「話し合い」をつけないで、どれか2つに絞り、しかも評論・小説・古文・漢文のうち、どの2つに「メモ」「話し合い」がつくかは毎年本番にならないと分からない…くらいでいいのではないかと思う。メモや話し合いをつけるなら、本文に関する5択の問題を1問ずつ削るくらいの配慮は欲しい。

 

他教科でもそうだが、問題数が多すぎて時間内に終えられない人が続出するとしても、終わらないなりに1人1人の点数は決まり、それに従って順位は定まってくるのだから、多少問題のやり残しが出ても仕方がない…くらいのつもりで行くしかなくなるだろう。

処理スピードが速くて、多少問題分量が増えても時間内に余裕で終えられる人は一定割合いるが、完全に解き終わらない人の割合も増えるわけだから、問題が全部終わらなかったのに順位はさほど悪くなかった、という場合も生じうる。

 

センターさんのこの「異様に問題分量を増やすサディストぶり」に何の利点があるのかは分からないのだが、大学入試だけでなく、中学高校入試なども、年々無駄に難化する気配が感じられている。Q氏には「だれ得」なのかが、とうとうよく分からない。

平均点が高くとも低くとも順位は出るのだから、常に平均点が6割程度に落ち着くテストの方が、難易度のバランスが取れていていいような気がする。平均点の低いテストというのは、受験生に無用のストレスを与えるだけで、選抜方法としてどれほどの意味があるのか疑問である。

まあ、誰もが薄々想像はしていると思うが、非人間的なスパルタ教育を売りにする周辺国の追い上げによる、日本の文部行政当事者の焦りが原因だろう。そんな他国の動向に容易に影響されて教育の軸足をブレさせること自体が日本没落の原因になりうるのだが、現在のところ共通テストの「改革」は吉と出るか凶と出るか、まだ評価できない。

Q氏の目下の判定では、センター試験時代の方が、問題分量や難易度のバランスが良かったと思われる。共通テスト国語の「メモ」「話し合い」形式などは面白いし有意義だが、だったら他の問題を減らしてもよいのではないか。そもそもセンター試験の内容が、択一式という制限の中では特に悪くなかったわけだし、何のために共通テストにしたのか、今のところあまりハッキリ意義が分からないようにも思う。

 

さて、小説の問7は読者による研究をまとめた【文章】にもとづく設問である。

本文末尾の「曇り空の下で灰色のこの焼けビルは、私の飢えの季節の象徴のようにかなしくそそり立っていたのである。」を踏まえた問題だが、この「焼けビル」はQ氏も以前のエントリーで述べた「象徴」である。

 

(どうでもいい話だが、先月までのQ氏担当のブログエントリーで国立西洋美術館の「考える人」に言及したら、評論に設計者のル・コルビュジエが出題され、小説の読解で事前に「象徴」の重要性に言及したら、本問の「焼けビル」の象徴が出題され、あとで見るように古文で和歌の「掛詞」への注意を喚起したら、連歌掛詞がストレートに出題された。

Q氏は昔から予知夢を見たり心霊っぽい体験をしたりすることが確かに多いのだが、今回の共通テストに関しても、すべて「的中」とかドヤ顔をしようとすれば、できるのかもしれない。けれど、象徴や掛詞は今年でなくとも重要なポイントなのであり、これらに予め言及しておけば、出題予想の的中率は上がるに決まっているのである。要は、出るところは決まっているということ。諸君は解説者の「的中自慢」にあまり惑わされないことをおすすめする。)

 

(ⅰ)引用されたマツダランプの広告と「焼けビル」との共通点を問う問題だが、選択肢②④がそれぞれ「倹約の精神」「国家貢献を重視する方針」の部分でダメだろう。

その共通点は「会長の仕事のやり方とも重なる」とあるので、本文2ページ(問題冊子21ページ)目の最後の部分を読むと、「私」が入社した広告会社は、戦中は情報局(情報収集や統制を任務とする国家機関)と組んで仕事をし、戦争が終わると「掌をかえしたように文化国家の建設の啓蒙」を始めたわけだが、正反対の仕事であるはずの両者は、ともに「たんなる儲け仕事」であり「営利精神」によるものだったという点で、共通していたのである。

残る選択肢①③のうち、①は「戦時下の軍事的圧力の影響」がダメだろう。「会長の仕事」は、戦後は文化国家の建設に向いているのだから、軍事的圧力の影響が存続しているのではなく「営利ばかり追求する仕事のやり方の本質が変わっていない」というのが本文に沿った「共通点」である。やや抽象的な内容の③が正解である。

 

(ⅱ)は「焼けビル」という象徴の解釈を問う問題だが、この象徴には複数の解釈がありうるだろう。見当はずれなのはまず①。④も「勇気」の象徴というには、焼けビルのイメージは不適切だからダメだろう。そそり立つ焼けビルは、主人公が別れを告げて前へと歩み出そうとしている「過去の飢えた生活の亡霊」と解釈はできるので、残り②③のうち、③の「飢えた生活や不本意な仕事との決別の象徴」も一見適切なような気がする。

だが、論理的に言えば「決別の象徴」はおかしい。「飢えた生活や不本意な仕事の象徴」ならば、ラストシーンはそれと「決別」する場面なわけだから、論理的に矛盾はしない。が、「決別の象徴」はおかしいわけだから、消去法でも正解は②ということになるだろう。

確かに②の「解消すべき飢えが継続していることの象徴」というのは、決別を告げたにもかかわらず、まだ焼けビルが亡霊のように立っていることから、

「勇気をもって会社に別れを告げたにもかかわらず、飢えの象徴である焼けビルはまだ不気味な存在感を保っており、今後も当分は『私』を見逃してくれそうにない。だから『私』の前途に、まだ飢えの影は落ちたままだろう」

という解釈だと考えれば、可能だし、妥当だろう。

非常によくできた、ブンガク鑑賞の模範的なあり方を具現化した解釈なのだが、こういうのは大学の日本文学科のゼミででもやるべき内容であって、やはりセンターさん好みの解釈への強引な誘導なのではないかという感想はぬぐえない。作問者が自分の解釈を披露して悦に入っているだけのような気がするのである。評論はともかく、小説の解釈にはかなりの幅を見込むべきだし、客観性を重視すべき大学入試では、もうちょっと中立的な問題を望みたい。

 

たとえば、作品の解釈についての学生の架空の討論を掲載し、学生の発言の一部に傍線を引き、その真意を説明した選択肢を選ばせる問題など。「文に書いてあることを客観的に把握させる」以外に、踏み込み過ぎた解釈をいきなり受験生に要求する(押し付ける)のは、こういう大規模試験では反則でしかない気がするのだ。討論形式の問題は初期のセンター試験に見られたのだが、「好き勝手な解釈を要求するな」という異論が出て辞めた経緯があったように思うが、どうだったか。解釈が自由なのはもちろんだが、さまざまな解釈の面白さを伝えたければ、架空討論でいろいろな解釈を予め提示する…等の方が適切ではないかと思う。

 

いずれにせよ、多少疑問の残る問題があったが、小説の出題の中では選択肢の根拠が割としっかりしている方で、本文も時代への問題提起を感じさせ、総合点では80点くらいの評価である。特に「『私』が農作物を盗んでいるのかどうか」を読み込ませる配慮はよかった。

 

次回からは、古文漢文もひととおり解説しよう。

共通テスト国語2023 (8)──小説③_選択肢の検討その2

さて、引き続き共通テスト2023第2問(小説)である。選択肢を検討しよう。

 

問4。前々回の「小説①」の記事で検討した、「『私』が本当に農作物を盗んで食べているのか」の問題にきっちり答えが出せないと、正解①を選べないようになっている。選択肢①は「農作物を盗むような生活の先にある自分の将来」の内容が不明瞭だが、これはもともと本文傍線部Dの直前部分「こんな日常が連続してゆくことで、一体どんなおそろしい結末が待っているのか。」「おそろしい結末」の中身がはっきり限定されていないので、それに対応した書き方である。この部分があいまいだとか、「農作物を盗むような生活」が正しいのかどうか分からないとかで、もし①が正しいという確信がすぐに持てなかったら、保留にして消去法を試みればよい。

まず、本文のこの場面では、「私」の回想の中に「富んだ人と貧しい人」が両方出てくるので、どちらか一方に偏った書き方をしている選択肢はダメである。②がそれに当たる。

「私」は貧富の格差が存在する不条理な世をやっとのことで生きており、周囲のさまざまな境遇の人々の中で、こそ泥まがいのことをしなければ食べていけない自分の「立ち位置」を認識し、このままではおそらく悲惨な未来しか待っていないだろう…と絶望的な気持ちに襲われたのだと解釈できる。

②の次には⑤の後半もダメ。さらに③も「経済的な格差のある社会でしたたかに生きる人びと」「したたかに」がダメ。したたかに生きている人も確かに出てくるが、「私」の回想に出てくるのはそういう人ばかりではないからだ。

ダミー選択肢は④だが、これはまず「やっと思い至った」がダメだろう。「私」はこの場面で改めて今まで出会った様々な人々を回想しているが、世の貧富の格差に初めて気づいたわけではない。

また④の末尾「さらなる貧困に落ちるしかないことに気づいた」「言い過ぎ」で本文に書いていないからダメだ、とセンターさんは言いたいのかもしれない。が、本文で内容が限定されていない「おそろしい結末」「さらなる貧困」と読み替えて悪いわけではないし、その結末とは、結局は貧困のどん底に落とされ、極端な場合は盗みによる投獄や餓死に至ることだと言い換えられるだろうから、④のこの部分が間違っているとは必ずしも言えない。そうすると④は「やっと思い至った」「やっと」だけが間違いだという、かなりきわどい選択肢になる。ちょっと反則技っぽいですね。

 

次に問5。

まず、(1)発言の背後にある「私」の考えや心情が合っているかどうか。

次に、(2)庶務課長に対する「私」の口調の説明が適切かどうか。

この2つの条件から各選択肢を検討すると、選択肢②⑤が(1)(2)ともにダメ。

③は(1)に関して「課長に正論を述べても仕方がないと諦めて」の部分が、「私」の心情として決して不自然とは言えないが、本文から直接読み取れない。(2)に関しては「ぞんざいな言い方」がはっきり違う。本文に描かれている「私」の様子は、「水のように静かな怒り」(本文5ページ目〈問題冊子24ページ目〉1行目)「低い声」(同2行目)であり、辞職を決意したことによって、怒りを秘めつつもかえって冷静になっている様子が読み取れる。

残る選択肢①④のうち、④はぶっきらぼうに」が明らかに違う。正解①は積極的に合っていると見極めにくい地味な記述の選択肢だから、消去法を使って確かめた方がよい問題だろう。

 

問6は、問題数が増えていることに配慮したサービス問題かと思われる。だったら1問減らせばいいのに。選択肢②③⑤は明らかにダメダメなので、いきなり①④の2択に絞れる親切なつくりだ。②③⑤がダメなのはすぐ分かると思うが、念のため皆さん自身で考えてみてください。

①④による決勝戦では、①の「これからは会社の期待に添って生きるのではなく自由に生きよう」の部分が、「自由に生きよう」は不自然ではないにしろ、「会社を辞めるのだから、会社の期待云々はこれからの人生には特に関係がない」という点で「最も適当」とは言えないという判断になるだろう。結局④が正解である。

 

共通テストの国語では、問題の指定は「最も適当なものを選べ」という形になっている。

実際の問題を見ていると、この指定は「正しい選択肢は常に1つしかないから、それを指摘せよ」という意味では必ずしもなく、個々の選択肢に「ちょっと適当」な記述が交じっている場合も、「適当度」がより高い選択肢がほかにあれば、より適当度の高い方を正解とし、適当度の低い選択肢は不正解にせよ、という意味とも解釈できる。本文に一致する度合いが80%の選択肢と100%の選択肢とがあったとすると、80%の方は間違いだとするような基準である。

そういう基準を採用されてしまうと、80%も一致していれば完全な間違いとは言えないではないか、という抗弁は認められなくなる。前々から指摘している通り、特に小説の選択肢で、この「一定割合は合っていると思われるのに、もっと適切な選択肢が他にあるから不正解とされるもの」が生じやすい。問6の①はそんな感じがする。

いくつかの選択肢を用意した上で正解を1つに絞る必要からとはいえ、つくづくヘンなルールですよね。

 

さて、共通テスト名物「メモコーナー」の検討が残ってしまったが、これは次回に回そう。

共通テスト国語2023 (7)──小説②_選択肢の検討その1

こんにちは。受験生諸君は私大医学部受験真っ最中ですね。かなり力がある人でも、実力伯仲のライバルたちとの闘いですから、余裕で全勝などということはまずありませんよ。撃った弾が1校に当たれば、それで勝利。あとは面接にさえ通れば、私大専願の皆さんの場合は、そこで戦いが終わります。もちろん、医学部の場合はあまり大学を選べません。受かったところが縁のあるところですね。

 

さて、引き続き共通テスト2023第2問(小説)である。選択肢を検討しよう。

 

問1は比較的ラク。これは親切な問題だ。

ただ、正解の選択肢①の表現が地味でフラットすぎて、しかも最初の①から正解だから、果たしてそれで本当にいいのか迷う。そういう時は①を「保留」の選択肢にしておいて、他の選択肢の決定的にダメなところを探し、消去法で確認すればよい。

②はダミーだと思うが、「会長も出席するような重要な会議の場で成果をあげて認められようと」が完全な間違い。本文に書いていないし、そういう野心とはむしろ無縁で、純粋な夢想家でありそうな「私」の人物像とも合わない。「なんとか名誉を回復しよう」も同じ理由でダメである。

③を選んだ人、ちょっと読めていないと思う。「街頭展に出す目的を明確にイメージできていなかったことを悟り、自分の未熟さにあきれつつもどうにかその場を取り繕おう」完全に的外れだと分かるだろうか。

本文2ページ目(問題冊子21ページ目)11行目「ははあ、とやっと胸におちるものが私にあった。」や、同15~16行目「飛んでもない誤解をしていたことが、段々判ってきたのである。」は、会社が「たんなる儲け仕事」(同17行目)のことしか考えていないことに気づいた、という意味であって、自分の構想が未熟だったことに気づいたのではない。「私」は理想家というか、夢想家であり、会長から頭ごなしに否定された自分の構想には、それなりに自信を持っていたのである(本文第1段落)。

④も同様の理由で「都民の現実を見誤っていた」がダメ。⑤も「会長からテーマとの関連不足を指摘されてうろたえ、急いで構想の背景を補おうと」がダメ。

要するに、「会社=現実」に対して「私=理想・夢」の対立軸が見えているかどうかである。「私」が会社に不信感を持ったのは、理想を掲げると見せかけて、ウラでは儲けのことしか考えていない偽善性を見抜いたからである。いっそ儲けだけに徹するのであれば、まだマシなわけだろう(同20行目「この会社のそのような営利精神を憎むのでもない。」)。

 

問2もあまり問題のない問題。「私」が腹を立てたのは、上記の「口では理想を掲げながら、実は儲けることしか考えていない」会社そのものに対してではなくて、それを見抜けず、自分の理想と夢を会社に認めてもらえると一時でも思っていた自分の馬鹿さ加減、騙されやすさ、現実を見る目の甘さであろう。現実の苦みをさんざん味わってきた「私」が、新しい勤め先でようやく夢を語れると思ったら、やはりぜんぜん違った…ということである。

「自分の浅ましさ」、③「自分の無能さ」、④「自分の安直な姿勢」はいずれもダメ。ダミーは②ということになるのだろうが、「暴利をむさぼるような経営」「自分が加担させられていること」に腹を立てたのではないことは、上述のように「私」が会社の営利精神を否定はしていないことで分かる。この会社で自分の夢を語れる、認めてもらえると思っていた自分が甘かった…と、「自分の間抜けさ加減(本文3ページ目〈問題冊子22ページ目〉1行目)に腹を立てているのである。正解は⑤だ。

問1の正解①から、いきなり問2で正解⑤に大きく振る。振り飛車戦法という感じだが、こういう正解選択肢の飛ばし方は、選択式問題の作問の常道である。

 

問3も良問。センターさんのメッセージが込められている。正解は⑤だが、ダミーは②だろう。まず、老爺へのいら立ちや不快感「邪険な口調」の原因としている①③④は即刻「打ち首」である。

老爺へのいら立ちは、そのまま自己嫌悪であるという、「私」の「自責」のメンタリティが読み取れるかどうかが問題だ。自分の不快感を老爺のせいにする「他責」思考に陥るほどには、主人公の「私」はまだ理想も良心も失っていない人間なのである。しかし、その良心を実行に移すほどの勇気がなく、後で見るようにやむを得ぬ盗みを繰り返すほど、自己の弱さにさいなまれてもいる人間なのだ。

良心的な受験生諸君の中には、冷暖房完備の快適な生活にイエネコのように慣れきり、ホームレスの人々の生活などに想像力が及ばず、いまだに、ただ「汚い」「不快だ」などとほざいている幼稚な人々はあまりいないだろうと思うが、そういう他者への想像力のない幼稚な、悪い意味で小学生レベルの受験生をホイホイ引っかけるための選択肢が①③④である。

そういう精神的に幼稚な人は、自分の「主観」で文章を読み、作者の訴えたいことを忠実に聞き取ろうとしないから、こういう問題を出されるとシッカリ引っかかるのである(キツい口調のようだが、医学部受験生諸君のような日本を背負って立つエリート予備軍に対しては、わたくしQ氏は時として鬼軍曹のように厳しいことも言わせてもらう)。①③④には大した違いがないように思えるのも、これらが不正解である証拠だが、中では③の選択肢がいちばんよくできている。

が、③にあるような老爺の「厚かましさ」が「私」の不快感の原因なのではなく、見ようによっては確かに厚かましく感じられるかもしれない(だが必死な)老爺の懇願に、人々の飢えの苦しみを自らよく知っているがために、かえって過敏に反応してしまい、それでも事態をどうにもできない「私」自身のふがいなさが問題なのである。

梅崎春生の主人公って、だいたい、いつもこういう苦しみに追い込まれるんですよ。精神的に弱くて情けないが、「いじましくて小学生的なイエス・キリストのように、世の苦悩を一身に背負わされるんです。そこが面白い。

①③④を選んだ受験生の中には、将来、患者さんを「汚い」「厚かましい」とか言い出しかねない人々が入っているかもしれず、そういう人はまだこころが未熟で、精神年齢がちょっと医学部に届かない恐れがあるのではないだろうかと、わたくしQ氏は思う。果たして本当に医学部でやっていけそうなのか、自分でよ~っく考えてみる必要がありそうだ。

そして勝戦に残る「自責」の選択肢②⑤の②は「彼を救えないことに対し頭を下げ許しを乞いたいと思いつつ、周りの視線を気にしてそれもできない自分へのいらだち」がダメ。「私」が老爺に対し「頭を下げ」たいとまで思ったというのは、そもそも仮定の話だし、頭を下げたいと思った理由も、「これ以上自分を苦しめて呉れるな」(本文3ページ目〈問題冊子22ページ目〉19行目)という気持ちからである。「私」は、自分も直面している飢えの問題と、その問題に対して何もすることができない自分の無力さとを、自分よりもさらに深刻な状態に置かれた老爺の姿から思い知らされた、という解釈が妥当だろう。老爺の悲惨な姿は、「私」に突き付けられた現実の厳しさそのものだったのである。だから正解としては「彼に向き合うことから逃れたい」という内容の⑤がよさそうである。

 

では、次回も選択肢を急いで片付けましょう。