オンライン医学部予備校

2023年度入試で医学部(東大京大)への合格を目指す全ての受験生をサポートします。

2025年度新規受講生募集のお知らせ

オンライン医学部予備校2025年度受講生募集

医学部受験生ご父兄各位

 

 

受験生および保護者の皆さまこんにちは

この度は当ブログにご訪問頂きありがとうございます。

オンライン医学部予備校は開校以来早くも3年が過ぎようとしています。

当ブログにおいてもこれまで大勢の方に閲覧頂きまして、喜びとともに一層身の引き締まる思いです。

昨年度(2023年度)当予備校から3名の国公立医学部の合格者を輩出し、指導する立場ながら少数精鋭の塾としてその成果を実感しているところであります。

さて、突然ではございますがこの度オンライン医学部予備校2025年度受講生を募集させて頂く運びとなりましたのでご案内申し上げます(今年度も常時募集いたします)

 

実際に受講して1年後どれ学力向上が望めるのか、具体例なども紹介しておりますので、どうぞ最後までお目通し願います。

 

まず初めに自己紹介から簡単に申し上げます。

当ブログの記事を一通り御覧になれば概ね把握して頂けるかとは存じますが、ここで簡単にまとめさせていただきます。

私は田代孝治と申します。

京大医学部医学科を卒業後、学習塾の講師を経て現在『オンライン医学部予備校』の代表として高校生•大学受験生向けの講義(オンライン含む)オリジナルの学習教材の作成などの活動を行っております。

受験生時は数学を最大の得意科目としており、そのアドバンテージを生かし東大模試で理ⅢA~B判定・京大模試ではオール医学部A判定の成績を出していました。

ただ、初めから全国トップレベルの成績だったわけではなく、自分なりに試行錯誤して各科目各分野の要点を理解し、必要に応じて咀嚼しながらまとめ上げ、自在に問題解答に応用できるまでに昇華させるといった徹底した学習の末に上記の成績までに到達しました。

その際、私が最も心がけていたこと新たに学んだ事柄については必ず「再現性」を担保し、理解度を高めていくということです。詳しく申しますと、ただ問題の解法を理解するだけで終わらせるのではなく周りの友達が見ても同程度の深みをもって理解し問題が解けるよう「ノートに図や説明を多用し綺麗にまとめ上げる」ということです。友達が今一つ理解出来ない様子だったり、疑問点をぶつけてきた場合はそれらの内容がそのまま私自身の理解の甘さと直結しているということであり、そのたびにノートの“リニューアル”を重ねていきました。

大学合格後もそのノートは家庭教師のアルバイト等で威力を如何なく発揮し、合格実績を量産していきました。

もちろん万事上手くいってばかりではありませんでした。第一志望に合格出来なかった受験生も少なからずいらっしゃいました。

そのような場合は至らなかった点を分析し、次年度において最高の結果につなげられるよう方法論の改善に全力で努めました。

また医学部在学時から指導に関わっていたため、最新の医学部受験情報の収集も余念なく行いました。生徒のご父兄は医師のご家庭が多く(中には医学部教授もいらっしゃいました)、余所では絶対に得ることの出来ない情報を拝聴したり、見事医学部に合格した生徒と交流を継続し各大学医学部の進級事情などを仕入れたりしました。

そういった経緯を経て完成させたのが現在のオリジナルの指導カリキュラムです。

 

さて、ここからが本題となります。

2022年度より、医学部受験生を対象とした通年の指導プログラム「オンライン医学部予備校」を開講いたしました。

「オンライン」とは言っても、通常は《On the Umeda》にお越し頂いての直接指導という方式を主体としており、遠方の方や通塾が難しい方にはご要望に応じてオンライン授業も提供させていただく形となっております。

《On the Umeda》大阪梅田の地下街直結という極めて利便性の高い立地のコワーキングスペースで、オンライン医学部予備校開校以来授業の場オンライン中継の場としてメインで利用させて頂いております

また自習スペースもあり、自学自習のために入り浸っておられる生徒さんもおられます。余談ですがカフェスペースもあり美味しいドリンクが飲み放題と、アメニティについてもとても充実しております

“オンザ梅田”で検索して頂ければ施設の概要やアクセスも確認できます

地下鉄各線(JR)梅田駅から地下街直結でほんの数分です(周辺には大きな案内板が出ておりとても分かりやすいです

当施設で受けたインタビュー記事がありますので以下にリンクを貼っておきます(ホームページや広報誌でも紹介されております)

私の指導理念を上手くまとめて頂いておりますので是非ご参照ください

 

onthe.osaka

 

2025年度以降は定員に達するまでは原則私が直接指導に関わらせて頂きますが、定員に達しましたら以降は当予備校所属の経験豊富かつ優秀な講師陣が担当いたします。

いずれの場合も上記のオリジナル教材をベースとしたカリキュラムを組ませて頂きますのでご安心ください

 

ここで自己アピール(オンライン医学部予備校で学ぶメリット)を述べさせて頂きます。 

まず、私自身が京大医学部医学科を受験合格卒業した上で医学部受験業界に長く関わってきたという些か特殊な経歴であるため、医学部受験に関し他には無い「大局観」を持ち合わせていると自負しております

具体的な例として、特定の科目だけを担当する講師や予備校の担任が(合格実績最優先の為か)受験生本人の実力より明らかに低い医学部を勧める場面や実際にそうさせられた事例がしばしば見られますが、これは本来は受験生側の視点に立って状況判断を的確に行う能力を持ち合わせている者にしか許されない行為であると考えております。

受験生の進路に直接関与するには、講師として「全科目にわたって学力を維持」出来ており、かつ「様々な学力の受験生に指導にあたり結果を出してきた経験」を持ち合わせていなければなりません。

その点、受験生ご本人にとって最も納得のいく最高の形で医学部受験を締めくくれるよう、万全なサポートを提供できるかと存じます。

普段の受験指導はもとより志望校(受験校)選定に至るまで、医学部受験に関し他とは一味違った、かつ確固たる裏付けのある指導(情報提供含む)が可能であるということです。

余談ですが関西圏某私大医学部(問題非公表)の完全再現問題を作成して保管しております(受講生限定の資料とさせて頂いております)

某医療系予備校で配布されているものよりかなりの精度で再現されています

これが可能なのもひとえに上記の理由によるものです。

 

当予備校では専門科目の数学・理科はもちろん、英語国語社会に関しても有用な学習アドバイスを惜しまず提供させて頂きます(ただし英語や国語社会の授業に関しましては他の実績のあるプロ講師が担当いたします)

また様々な生徒と関わってきたことで、現状把握や分析も得意としておりメンタルサポート・ケアについても対応可能です。

現時点での学力は問いません。個々の事情に応じて個別のカリキュラムを作成いたします(学力の向上など状況の変化にしたがい随時リニューアルしてまいります)。

ただし、大学受験生の場合は「1年で合格」して頂くことを原則としておりますので志望校と比べて著しく学力が低い状態にある場合はお断りさせて頂く場合もございます(ただし学力を伸ばすということにかけましては絶対の自信を持っておりますのでその基準につきましては“かなり緩い”かと思います。その点につきましては以下の「具体例」についてもご参照ください。

続きまして、オンライン医学部予備校指導プラン(授業形式)についてご紹介いたします

 

指導プランについて

当予備校の授業形式について説明いたします。

大きく分けて以下の3つの受講形式がございます。

どのプランをご選択頂く場合でも、「無料体験授業」を受けて頂くことを前提としておりますのでご安心のうえ是非ともお問い合わせください(交通費分はご負担願います)。

この他にもご要望がございましたら柔軟に対応させていただきますのでお気兼ねなくご相談ください。

 

〈A〉通塾コース

On the Umedaにお越し頂いてのレッスンとなります

指導科目全科目(数学物理化学直接指導)

無料体験授業の上、個別の指導プランの作成を行います。

大手予備校・鉄緑会・高等進学塾のフォローも承ります。

週1回2時間より承ります。

 

(※)授業料金1時間7500

ご自宅からの交通費・施設利用料金(ご本人様利用分)はご負担願います

 

〈B〉オンライン指導コース

On the Umedaからのzoom中継にて授業を行います

指導科目全科目(数学物理化学直接指導)

無料体験授業の上、個別の指導プランの作成を行います。

週1回2時間より承ります。

 

(※)授業料金1時間7500

 

〈C〉家庭教師コース

ご家庭に直接お伺いいたします

指導科目全科目(数学物理化学直接指導)

無料体験授業の上、個別の指導プランの作成を行います。

大手予備校・鉄緑会・高等進学塾のフォローも承ります。

週1回2.5時間(2時間半)より承ります。

 

(※)授業料金1時間8000円〜10000円(+交通費)

(ご家庭までの距離(通勤時間)に応じて上記の料金の範囲内で変動いたします。参考までに通勤所要時間片道90分のご家庭の場合は上限の金額を頂いております。ご家庭間の通勤時間を極力効率化し概ね〈8000円/時間〉以内の料金で提供できるよう善処いたします)

 

(※)当ブログの執筆を手伝って頂いております「Q氏」国語倫政を中心にマルチに対応可能な“スーパー講師”です。その卓越した文才と着想力はご覧の通りです。

「Q氏」の指導についてはオンラインのみの対応となりますがご希望の場合はお問い合わせください

 

1年間の学力推移(具体例)

最後に、これまで当予備校にて成績を伸ばし見事に合格を勝ち取った生徒の事例(2023年度最新実績)を紹介いたします。

以下に挙げた例いずれも実際のもの(別々の生徒)ですが、「特別に上手くいった」ケースなどではなく1年間の堅実な指導を経た上での想定通りの結果と考えております。

当予備校での1年間の学習の成果の標準的事例として1つの目安にして頂けると幸いです。

 

〈ケース1〉浪人生(1浪)

2022年:共通テスト64%・合格校無し

2023年共通テスト81%徳島大学医学部医学科合格

 

〈ケース2〉浪人生

2022年:共通テスト66%・国立私立医合格無し

2023年共通テスト82%香川大学医学部医学科合格

 

〈ケース3〉浪人生(1浪)

2022年:共通テスト78%・京都大学医学部医学科不合格

2023年共通テスト89%大阪大学医学部医学科合格慶應義塾大学医学部合格

 

 

また、当予備校ホームページリンクを以下に貼っておりますので是非ご訪問下さい。

当予備校のコンセプトの詳細や授業風景画像などをご覧頂けます

 

study-medical-online.com

 

 長くなりましたが案内は以上となります。

 繰り返しとなりますが体験授業につきましては無料で提供しておりますので、まずは下記のアドレスをお控えになり直接ご記入またはコピー&ペーストされたうえ、現状についてお気軽にご相談ください。

お問い合わせ心よりお待ちしております

 

お問い合わせ先〈メールアドレス〉

for.your.best.solution@gmail.com

 

コピー&ペーストまたはアドレス直接打ち込みでお気軽に‼︎

 

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(医学部受験の最新情報などを随時配信。ご質問やお問い合わせにも対応いたします)

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速報・2024年度入試結果(合格実績)

受験生および保護者の皆さま、こんにちは。

オンライン医学部予備校代表の田代です。

 

まだまだ寒い日が続いておりますが、体調には十分ご留意のうえ日々お過ごしください。

何をするにも元気な身体があってこそ、でございます。

 

さて、本日東京大学京都大学の合格発表が実施されました

これから国公立の後期日程や私大医学部後期の合格発表が残ってはおりますが、現時点での当予備校の合格実績を発表いたします。

 

【2024年度合格実績】

京都大学医学部 合格

東京慈恵会医科大学医学部 正規合格

某国立大学医学部 合格(匿名希望のため詳細非公表)

(受験生5名・重複なし)

 

まだ2名ほど入試結果が未確定の状況ですので、結果が判明次第順次お知らせいたします。

毎年のように申し上げてはおりますが、上記の結果は完全無選抜で入塾頂いた受講生が出した結果(受験生5名)です。

今年度の医学部入試は旧課程最後の年度ということもあり、緊張感が凄まじく、思い通りの結果を出せなかった受験生も多かったことと思われます

ただ頑張れば必ず合格出来るほど大学入試は甘いものではありません。

しかし、確かなスキルを持った講師に師事してカリキュラムを着実にこなして頂ければ、必ず活路が開けてきます。

手前味噌ではございますが当予備校でしっかりと研鑽を積めば『本来は届かないはずであった大学・学部への合格を勝ち取る』これくらいのことは達成して頂けると確信しております

上記の実績を挙げた受講生の合格体験記は承諾を得たものについては順次公開いたしますのでしばらくお待ちください

当予備校のコンセプトなど詳細についてはトップ記事をご参照くださいますようお願いいたします。

繰り返しになりますが体験授業(+学習アドバイス)は無料で承っております。

是非とも下記まで1度ご相談・お問い合わせください。

ここが大きなターニングポイントになるかもしれません。

 

【お問い合わせ】for.your.best.solution@gmail.com

 

補欠繰り上がり合格について

国公立前期試験が終わり、今年の医学部受験生諸君は、残すところ私立大学の3月入試数校、共通テスト利用入試の発表、国公立後期入試ということになっている頃合である。

戦いは終わってみないと分からないもの。既に合格を勝ち得た諸君には、心よりおめでとう。そして、まだ不安な日々を過ごしている受験生は、最後まで、とにかくやれることをしっかりやろう。

 

さて、わたくしQ氏担当のブログも、受験期モードからだんだん通常運転モードに戻ってきた。しばらく学歴の話を続けると予告したが、本日は小休止で、入試の補欠繰り上がり合格について。

 

今年初めて大学を受ける諸君は、「補欠繰り上がり合格って、本当に存在するんですか?」と半信半疑かもしれない。しかし、私立大学では、学部学科を問わず補欠繰り上がり合格は、当たり前に存在する。Q氏の指導歴でも、難関私大や私大医学部医学科で、何人もの繰り上がり合格者を見ている。

 

Q氏は担当科目が文系なので、大学受験ではいわゆる「私文」の指導歴が長いが、「なぜか補欠繰り上がり運がある」指導者という自覚があった。私立文系難関大に、受験勉強始動時は「たぶんムリ」と思われた受験生を、「補欠繰り上がりですべり込ませる」経験が割に多かったのである。私大医学部医学科も含め、記憶にあるだけでも、かなりの人数がそうやって入学した。現時点で自信がないが、どうしても難関私大に入りたい諸君。Q氏神社のお守りでも買ってみるかい?

 

…というのは冗談。実際にはQ氏だけが指導者として「補欠繰り上がり運を『持っている』とうぬぼれるのは恐らく早計で、一般的に見て、補欠繰り上がり合格の頻度はそれなりに高い、と考える方が自然である。私大の一般入試は、合格者数抑制策によって難関化が進んでいるが、それでも合格発表後の入学辞退者は当然出る。だからこそ文科省に従い、いくら合格者数を抑える方針を呑んだにしても、補欠合格は必ず出さざるを得ない。

だからこそ、今日も諸君の手許に、補欠合格通が来る。補欠合格通知は合格発表と共になされるのが普通だから、志望校について既に補欠が決定している諸君も多いだろう。

 

補欠合格者が入学試験において正規合格者と何点差なのかは、分からない。多くの場合1、2点の差だと言われる。大学によっては、補欠合格にランクをつけ、繰り上がり合格をランクごとに発表している。例年、〇×学部はBランクまで繰り上がるとか、△△学部はAランクでない限り繰り上がりは絶望的だとか、実績に基づいた予測がまことしやかに流されるが、昨年までの実績が今年の繰り上がり合格実績を直接左右するわけではないから、あくまでも予測は予測に過ぎない。

 

補欠合格の通知を得てから、実際に繰り上がり合格するかしないかの最終結果を得るまでは、大学にもよるが、通常かなり長い日時を要する。Q氏の指導経験では、実際に受験生の自宅に繰り上がり合格の電話が入るのは、どの大学でも3月末、しかも25日以降にずれ込むことも非常に多い。これは私大医学部でも同じだと思う。

 

補欠繰り上がり合格が明らかになるのが3月末だということは、すなわち次のことを意味する。

①補欠合格した受験生は、次年度が開始される4月1日の直前まで、自分が繰り上がり合格できるかどうかの結果を知ることができない。繰り上がり合格していれば嬉しいが、補欠合格通知だけもらって、とうとう繰り上がらない受験生も多数いるから、へたに補欠合格した人は、3月末まで蛇の生殺しのような気分を味わう。

②補欠合格が第1志望だった場合、合格した滑り止め校にはやむを得ず入学金を払う例が多いが、繰り上がらず浪人を決める場合、予備校の手配などがいつまでもできず、困惑する。

③万が一繰り上がり合格した場合も、入学式まで日がないため、入学手続きや、遠方の場合の下宿探し家具調度品の調達などをごくごく短期間で行わなければならない。特に不動産物件探しがゆっくりできず、場所によっては学生向け物件がかなり埋まっている等、苦戦する例を多く聞く。

 

受験生にとっては、補欠合格はかえって非常に悩ましいようだ。それでも繰り上がり合格すれば、すべての苦労は帳消しになるが、3月末までさんざん待たせておいて繰り上がらない場合、受験生は年度の切り替えギリギリまで進路を決めることができず、なおかつ少しは期待していただけに、精神的なダメージも大きい。現に、第1志望あたりに補欠合格したが繰り上がらず涙を呑んだ受験生は、かなり後になってからも、補欠で繰り上がらなかった悪夢をフラッシュバック式に体験するという。

 

心臓に悪い、実に罪作りな制度とも思うのだが、こればかりは致し方ない。今後も補欠合格をめぐる「蛇の生殺し問題」は続くだろう。

だから、補欠合格通知を受け取った受験生にQ氏が言いたいことは、

「補欠は落ちたと思え」

である。繰り上がりの連絡を、わずかな期待を抱きながら待つ精神的負担は、予想以上であるようだ。繰り上がることもある代わりに、補欠と出たのにとうとう繰り上がらない例もかなり多いことを知ると、期待を3月末まで引きずり、挙句の果てに不合格が決定する精神的拷問が待っている公算も、非常に高いのである。

だから、とにかく補欠合格は「なかったことにして」日常を暮らそう。頭の中から完全に追い出した方がいい。第1志望が補欠で他校が全落ちなどならば、浪人の覚悟を早々と固めるべきだろう。繰り上がり合格の頻度が非常に低いわけでもないが、繰り上がり合格しない場合も非常に多いのだから。もはや誰も結果を予測できないのである。

 

「期待しないで待つ」は人間心理の仕組み上、非常に難しい。待つことは必ず期待を含むからだ。しかし、補欠合格という罪作りな制度がある以上、それに適応するには、この不自然な「期待しないで待つ」の精神修行を新たにこなさなければならない。

何も考えず、翌年も受験するつもりで今まで通りの勉強を開始しているのが、一番よいのではないだろうか。

 

この瞬間も、補欠合格の諸君はやきもき、じりじりしていると思うが、都合よく焦りが解消する瞬間が、しかも早めにやってくることは、まずないのである。

もちろん、繰り上がり合格した諸君は、補欠繰り上がり合格であることにいっさい劣等感を覚えずに入学してよい。どうせ1、2点の差なのだ。Q氏の指導歴でも、大学に補欠合格した学生さんは皆、大学生として立派にやっている。補欠繰り上がりであろうと、大学は入学してしまえば勝ちというものなのだ。

 

さて、では次回から、引き続き学歴の話に戻ろう。

ニッポン学歴社会②──学歴リベラリズムの構造

世の中に出ると、学歴の話題というのはたいへん微妙である。わたくしQ氏はだいたい避けて通る。が、とにかく気にする人はいるし、触れられると熱くなる人が多い話題である。学校歴の途中で挫折した人や、大学受験の失敗体験などをもつ人の中には、一生消えない学歴コンプレックスにさいなまれる人もいるし、いわゆる有名大学の学生の中には「逆学歴コンプレックス」にとらわれていることを告白する人もいる。クイズ番組などで有名な某T京大学の学生さんは、大学名を聞かれたときにいちおうT大です」と「いちおう」をつけるのだそうな。つけないと自慢しているように思われるからなのだろうか。

 

学歴にこだわる親御さんをもち、辟易したり、苦しんだりしている人も多いだろう。Q氏が観察するところ、学歴にこだわる親御さん自身が、学歴コンプレックスを持っている例がいちばん多い。或いは有名大学卒業者ばかりの一族に生まれ、自分も有名大学に進学し、そのまま有名大学出身者が多い環境に就職するなどして、その他の社会を知らない人。有名大学に合格するために、当の親御さんもそのまた親御さんからプレッシャーをかけられ続けた心の傷が裏にあることが多いようだし、均質な社会に暮らしすぎて、社会の多様な構成員に接したことがないことも大きいのだろうか、「有名大学を出て当たり前」というような「天然マウンティング」が増える。有名大学の定員と同学年の人数を比較計算すれば、有名大学を出ることは必ずしも「当たり前」でないことぐらいは、小学生でも分かるのだが。

代々医師の家系などというご家庭では、親御さんがこのパターンに見事にハマってしまい、お子さんがプレッシャーをかけられる例が多いようだ。「ほかの進路に目を向けてはいけない」というような親御さんからの圧力は、やはりどうしても不自然な精神的圧迫となって、お子さんにさまざまな影響を与える。Q氏の知人に自殺者が出た経緯は、以前のブログエントリーで述べた。

 

日本の学歴社会を話題にすると、海外事情に詳しい人から「海外の方がもっとずっと学歴社会だ。エリート校を卒業しない限り、高収入で社会的認知度の高いエリート的な地位には、絶対に就けない」という批判がなされる。それもごもっともだと思うのだが、Q氏が思うに、日本の学歴社会のいちばんの問題点はその「ねちっこさ、陰湿さ」にある。いじめはどこの国にもあるが、日本のいじめは一種特有のウェットな悪質さを持っている…というのと似た構造だと思う。

つまり、日本の学歴問題は、いじめ問題と関連させて考察すべきではないかと思われる。が、ゆるくエッセイ調で行く本稿では、当座はこの問題を深く追究しない。

 

一方、日本の「学歴論」を観察していれば誰でも気づく面白い現象が、

◎学歴エリートほど学歴差別を批判する

という「学歴リベラリズムである。

 

昭和の作家・三島由紀夫東京大学法学部卒)は「東大を出てよかったと思うのは、唯一、東大の悪口を言っても『ひがんでいる』と言われずに済むことだ」という意味の言葉を残した。三島の場合は素直に「学歴否定」とは受け取れず、一種の逆説的な学歴自慢とも解釈できる。三島の時代の東京大学には、正確に言えば「法学部(文Ⅰ)と医学部(理Ⅲ)絶対主義」が残っており(たぶん今も少しはある)、文学部や教育学部、工学部などの人が「東大の悪口を言っ」ても、文Ⅰや理Ⅲに入れなかったからひがんでいるんだ…と言われたはずだからだ。

 

が、SNSを駆使して情報発信する現代の学歴エリートの中には、かなり大真面目に学歴絶対主義を否定する人がいる。脳科学者の茂木健一郎氏はその代表だろう。先日、ツイッターで、偏差値ランキングによって区分された大学グループを通称で呼ぶことの弊害を指摘し、話題になっていた。

 

〇「日本の教育界の愚かなところはたくさんあるけれども、複数の大学をいっしょくたにして、『MARCH』だとか、『大東亜帝国』などということほど、くだらなくて失礼な話はないと思う。ぼくは自らは<<絶対に>>使わないし、使っている人に出会うと心の中で<<軽蔑>>している。」

〇「それぞれ独自のスクールカラーと誇りある伝統を持つ学校であって、それをなぜ予備校業界に適当にまとめてつけた語呂合わせみたいな名称で呼ばれなければならないのか、くだらなすぎて涙が出る」

〇「異なる歴史、校風をもつ大学をまとめて『MARCH』などというくだらない名称で呼ぶ文化を広めたの最低最悪の愚行と断ぜざるを得ない」

〇「『偏差値』とか『MARCH』とかは、話にもならないくらい愚かで低レベルの価値観だとぼくは確信していて、そのような軽薄な風潮がこの国を停滞させているとも確信している。だから、ぼくの抗議申し立ては義憤であって、この国を良くしたいというぼくなりの表現である。世界はもっと広い。」

 

これら茂木氏のツイートに対するQ氏の感想は次のようなものである。

 

お説はいちいちごもっとも。Q氏も「MARCHの英語はァ~…」などと、これら名称で大学を呼んでいたことを反省する。

…が、こういう「学歴リベラリズムはまさしく学歴エリート特有の意見で、一般人民には不可能な主張である。一般人民が学歴主義を否定すれば、それはたちまち「ひがみ」としてバッシングの対象となり、学歴主義の支持者をますます増長させる。

そして「いじめ」と同じく、日本の学歴主義は主唱者か誰か分からない不気味な草の根的ひろがりを見せているから、学歴エリートが高みから学歴主義を否定しても、

「そんなこと言ったって、ほんとうは学歴を自慢したいくせに。学歴主義を批判できるだけの学歴を特権として身につけていることが、逆に自慢の種なのではないか」

と、当のエリートの学歴主義批判発言自体が、巧みに「無効化」されてしまうのである。

 

学歴リベラリズムは、それを主張すること自体が「発言者の特権化」をもたらし、学歴主義を強化する発言と見なされ反発を食らう。複数の人が主張しているようだが、茂木氏の主張はナイーヴすぎるとQ氏は思う。Q氏も茂木氏の意見に共感するが、日本の学歴社会はもっとねっとりした気味の悪いもので、高学歴者のコミュニティでばかり通用するような素朴な学歴リベラリズムによって崩壊させることはできないように思う。

 

学歴主義とその批判は、政治的なリベラリズム保守主義というような話題にもつながると思う。かなり奥が深い問題なのである。

いくらでも紙数を費やしそうな話題であるため、ここで次回に切り替えよう。

(つづく)

ニッポン学歴社会①──日本は学歴社会か?

さて、国公立医学部前期試験の終了である。受験生の皆さん、おつかれさまです。

ハードな入試関連記事が続いたため、わたくしQ氏もストック記事を消費し尽くし、かなり疲れた。しばらく世間話モードに戻ろうと思うが、お許し願いたい。

 

大学医学部志望者だけでなく、世間のかなりの人々が好み、また反発する話題に「学歴」がある。日本は学歴社会かと聞かれたら、YESと答える人の割合は高いだろう。テレビでは有名大学の学生を集めたクイズ番組が人気を集め、お笑い芸人でさえ有名大卒の肩書をちらつかせる時代だ。大企業における「学歴フィルター」の存否も常に話題になる。

 

日本が学歴社会であるかどうかは、学歴社会の定義によるだろう。社会的ステイタスが高いとされる大企業の正社員の地位を得るためには、いわゆる偏差値ランキング上位大学の学士号が必須とされるという(それなりに信頼性が高い)推測が成り立つならば、日本は最終学歴で社会的地位を左右される学歴社会であるということになる。ただしその場合の「学歴」は「高卒」「大卒」「大学院卒」などの修了段階や取得学位ではなく、「××大学卒」という「学校歴」を意味する、ということもよく言われる。

 

一方で、日本は中卒・高卒社長が年商ン百億円の企業を率いる…等のビジネス成功譚も多く、特に極端な経済的成功に学歴は関係ない、という言説も根強い。経済的成功の規定要因としては、学歴はまだまだ弱いわけである。また、社会の部分集団によっては、学歴が「下」の者に対する学歴差別も存在する一方、学歴が「上」の者に対する「逆学歴差別も存在する。

受験生は偏差値マウンティングをし、サラリーマンやママ友は学歴を自慢したり、学歴自慢に反発したりし、おじいちゃんおばあちゃんは孫の大学合格に一喜一憂する。自分の学歴も他人の学歴も、気にしない人がいる代わりに、ものすごく気にする人がいる。学歴は、確かに日常至るところで、日本人をかなり縛っていると言えるかもしれない。

 

大学医学部というのは、国公立・私立の有名大学と共に、学歴社会のヒエラルキーの上位にある。だからこそ、医学部を卒業してなる医師には、医学そのものを学びたい人、患者を援助したい人などのほかに「医師に許された社会的地位と収入を得たい」という「不純な動機」から参入してきた人が一定割合含まれるだろう。多くの医師が「実際の医師の仕事は、単にカネと地位目当てでは続けられないくらいの激務である」とは証言するが、参入段階で十代の人も多いことからすれば、すべての医学生が「不純な動機」を逃れられているとは考えにくい。思春期の少年が「女の子にモテたい」と思ってギターを弾き始めるのと同じである。入口には、かなり動機が不純な人がたむろしている。

 

が、社会通念上は何となく「学歴社会の勝者」の立場を主張することを許される以上、医学生も、また医学生予備軍としての医学部受験生も、日本の学歴社会については一定の考えを持っていた方がいいだろう。日本が実際に学歴社会なのであれば、その勝者は敗者の命運を左右するような権力を手にする機会が増えるし、その分、敗者の恨みを買うことも多くなる。素朴な学歴マウンティングをする人を見ていつも思うのは、そんな自慢を繰り返して、あとで誰かに後ろから殴られるなどとは考えないのかな…ということである。Q氏に言わせれば、学歴も年収や恋愛経験などと同じく、非常にプライベートな話題であり、相手に聞くことも自ら話すこともはばかられる話である。

 

とはいえ、学歴を話題にするのをはばかっている時点でQ氏も学歴主義者ではないか、と言われれば、ぐうの音も出ない。学歴という話題の気持ち悪さは、肯定的に語っても否定的に語っても、必ず何らかのねちっこい厭らしさを伴うことだ。ポジティブに語れば自慢していると言われ、ネガティブに語ればひがんでいると言われる。執拗に無視して一切語らなければ「何か隠している」と疑われるし、少しでも語れば「自慢している」「ひがんでいる」のどちらかのレッテルを貼られる。「まったく気にしていない」と言えば、共感する人もいる代わりに、かなり多数の人が「嘘だ。ほんとうのことを言え」とくる。

 

特に大学受験の話だけしながら、学歴社会の話を避けて通ることは、かなり不自然なのである。そこでQ氏もこの際、学歴に関して日ごろ考えていることを一斉放出してみようと思う。何回シリーズになるかどうか分からないが、論というよりもエッセイ風に、とりとめもなくまとめてみたい。

(つづく)

シンクロニシティ

国公立大学医学部受験生諸君、おはようございます。試験2日目の朝ですね。

今日も試験会場にはちゃんと間に合っていますか。

残り1日、皆さんができるだけのことをやれるように、わたくしQ氏も陰ながらお祈りしております。

 

入学試験当日のような人生の特殊な日は、毎週のありふれた日とはやはり違う。

前回、未成年飲酒で二日酔いになりながら受験したQ氏のコンプライアンス無視のハチャメチャ受験エピソード」などをお恥ずかしながら披露したが、

大学入試の日などは、時間が経ってもディテールを割に記憶しているものである。今回、Q氏は改めてそう思い返した。時が経っても、人生の転機となる日はこんな風に覚えているものなのだな、と。

 

皆さんはどうか知らないが、今朝、試験会場に向かうまでの一歩一歩が、意外と、のちのちまで記憶に刻まれたりする。

初日の受験で、もうある程度緊張は解けただろうか。今日は昨日にも増して自然体で、問題と取り組めるといいですね。

 

Q氏も同年齢の人並みに、人生においてさまざまな試験を受けてきた。受かったり落ちたりを繰り返してきたが、考えてみれば「試験の日にはいつもやっている」ことがある。

それは「その場にいる人々やモノをつぶさに観察する」ことである。

 

Q氏の大学受験当時の制度では、国公立大は現在の前期と後期に当たる日程を両方受けた。後期日程に当たる大学が本命校だったのだが、前期日程で二日酔い受験というとんでもない経験をしたので、今度は万全を期してビジネスホテルに連泊し、不測の事態を防ぐことに努めた。

 

しかし、連泊している間に、まずビジネスホテルの洗面台が、壊れてガタンと外れた。

非常に縁起が悪い気がして、嫌~な気分になったことを記憶している。

洗面台が外れるところから、ドミノ倒し式に悪いことが起こり、試験まで運命の歯車が狂い続けたらどうしよう…と焦りを感じた。

 

案の定、試験当日、得意科目の時間で冒頭30分、問題文がまるで「インクのしみ」のようにしか見えない「失読」状態に陥り、非常に危ういところまで追い込まれた話は、以前もご披露したと思う。万全を期したつもりでも、試験は当日の当日まで、何が起こるのか分からないものである。

 

失読体験をした試験当日、Q氏は運命の歯車が良い方に回転し始める動きと、悪い方に回転しようとする動きとが、両方、目まぐるしく錯綜しながら進行しているように強く感じた。レールの上をきしりながら走っている、錆びきった車輪のような重たいものを意識したのである。

車輪は次のカーブですぐに脱輪してしまうかもしれず、或いは激しい摩擦音を立てながらも、無事に曲がりきるかもしれない。寒気と暖気が押し合いながら春を迎えていくように、Q氏の「運命の刻(とき)も、幸と不幸とが相携え、せめぎ合いながらいま進みつつあるのだな…と感じたことを、今日でも鮮明に記憶している。

 

そういう「運命の足音に集中して耳を傾けるべき時」というのは、人生にしばしば訪れる。いわゆる転機というものだが、大学の入学試験が何の転機にもならない人というのは珍しいだろう。

ならば、どちらになるのか分からない状態を「よい方に転ばせる」にはどうしたらよいのか。人々にとって永遠の課題だと思う。

 

Q氏が確かな答えを持っているわけではないのだが、諸君の人生よりも長い時間を通じて感じているのは、次のようなことである。

「よい方に転ばせようとか、悪い方に転んだらどうしようとか、あらゆる考えを捨てて、ただその場の出来事を静かに眺め、出来事のディテールまでをつぶさに見ること」

によって、雑念のようなものを頭の中から徹底的に排除することができ、運命の歯車の微細な動きにまで「チャンネルを合わせる」ことができるような気がすることだ。

やや抽象的だが、やはり何か座禅とか、マインドフルネスとかに近い話なのかもしれない。そのような境地に入ることによって、Q氏は今まで、危機もヤマ場も何とか乗り切れているような気がしている。

 

試験会場では、周囲の受験生をつぶさに観察するといい。あの人は不安そうだ、とか、あの人はずいぶん背中が大きいな…とか。或いは好みの異性(あるいは同性)を探す。Q氏は試験会場では、いつもちょっと気になる異性を探して、問題用紙や解答用紙の配布中や回収中、或いは休み時間ごとにその人を観察していた。そうしたからといって何があるわけでもないが、心が多少ときめき、ほっこりするものである。

また、事情が許せば、試験会場に来ている他の受験生と声を掛け合い、知らない受験生と会話しながら、互いに励まし合ったりしていた。Q氏の隣の浪人生が、水を張ったタライを会場に持ち込んで、そこに足を漬けながら受験しており、Q氏はそれを話題にして、その浪人生とひととき楽しく話したのを覚えている。むかしの受験会場は大らかだったものである。あの浪人生はいまどうしているだろうか。一期一会とは、まさにこのようなことか。

 

試験前、通りかかる車のナンバープレートや、街の看板などに、いわゆるエンジェルナンバー、「ゾロ目」を見ることなどがある。或いは、たまに同じ言葉が各所で繰り返されるのを目にしたり、耳にしたりすることがある。このような「意味ある偶然(シンクロニシティ)」には特によく注意を向けたい。人生が大きく動いているとき、皆さんの生活に大きな転機が来ているときは、経験的に、不思議な偶然に出遭うことがままあるものである。

試験当日ではないが、Q氏は1日に3回、バラバラな場所で「沈黙は金」というコトバを見聞きしたことがある。あ、これは何か超自然的なものからのメッセージなのかな…などと感じた。

 

そういう偶然があったから、何かが起こるというわけでもない。シンクロニシティがあったら試験に受かるわけでもないし、シンクロニシティがなかったから試験に落ちるわけでもない。

だが、そういうディテールは、あとあとまで記憶に残り、折にふれ人生の不思議な想い出になる。人生の時間には濃度の差があり、時間が濃いときと、薄いときがあるのだ。濃い時間が経過するときは、その濃さを味わうのがよいような気がする。

 

とりとめもない話だが、Q氏がよく感じることである。受験生の皆さん、ミルクティーのように濃密な時間を、すみずみまで味わってください。

勝利の朝

国公立大学医学部受験生諸君、おはようございます。いよいよ試験当日の朝です。

旅先で目覚めた人も多いでしょう。ちゃんと間に合うように試験会場に向かえていますか。

直前まで、駆け足で国語記述式の攻略法なる記事をお送りしていましたが、いまの皆さんの関心はもちろん国語よりも物理や化学や生物、英語や数学でしょう。

がんばってください。

 

当ブログで今さら皆さんにかける言葉もありません。

もう、ただ平常心でやってください。としか。

ただ、緊張して普段の力が発揮できない人というのは常にいますので、気慰みの話題として、わたくしQ氏の大学受験(2次試験)の当日のことを思い出し、エピソードとしてお送りしましょう。

もう何十年前かな…でも、覚えているものです。意外と。

 

当時は入試制度改革があって、現在の前期後期に当たるような日程で国公立を2校受験しました。中期日程のような日程はなかったような気がします。

Q氏は地方在住なので、前期試験の前日は都内に宿泊しました。

しかし、前夜比較的有名な(しかし宿泊代はさほど高くない)ホテルに投宿し、万全を期して早く就寝することにしました。

が、眠れない。

目が冴えてしまって。ベッドの慣れぬ綺麗なシーツの上で何度寝返りを打っても、眠れない。

もともとQ氏には寝つきが悪い傾向はありましたが、さすがに試験前日のこの不眠には焦りました。

普段からあまり不安に駆られるというようなことはなかったんですが、やけに不安を感じる。まるで「幽閉されているところから出られない」というような焦りと絶望感。

ヒツジを数えたりしながら、とうとう真夜中になりました。でも目は冴えるばかりで、ちっとも眠くならない。

 

ここで、もう時効ですから赤裸々に書きますが、仕方がないので、高校生のくせにホテルの自販機コーナーにおもむき、350mlの缶ビールを購入しました。

未成年飲酒によって、むりやり眠ろうとしたのです。

昭和の高校生はしょうもないですね。日常的ではないものの、節々でこっそり飲酒していました。皆さんはもちろん、真似などしないでしょうね。

でも、缶ビール1本、それでも眠れないから2本…というふうに飲んだものの、確か350ml2本と500ml1本を空けても、まだ眠れない。

ベッドで悶々とするうち、しらじらと夜が明けました。

 

こうして、Q氏は人生初の国立大学入試の朝を、二日酔いと寝不足という最悪のコンディションで迎えたのです。

当時は都電で試験会場に向かったのですが、もう、頭がもうろうとして何も覚えていません。

辛うじて試験会場に入り、とにかく受けました。

前期は長大な英語リスニングがあるので有名な大学で、当時は今ほどリスニング教材が整っていなかったため、ただでさえ苦手なリスニングをぶっつけ本番で延々、しかも二日酔いと寝不足で頭がもうろうとしている中で受けたのです。

試験中に叫びだしたくなるような、最悪の受験でした。

今から考えると、明らかに酒臭かったと思います。まわりの受験生には迷惑だったことでしょうね。

 

そんな前期試験、意識が飛ぶほど神がかった状態にあったためか、見事に合格しました。

後期のほうの大学に進学したため、二日酔いで受けた前期の大学は入学辞退しましたが、

いまだに忘れられない大学受験のエピソード、望まぬ形ではあれ一種の「武勇談」となっているのは、そんな理由からです。

 

ちなみに後で調べたところ、不安で一睡もできなかったホテルは、戦前の刑務所跡地に作られたいわくつきの建物であることが分かりました。

 

…皆さん緊張は解けましたか?

皆さんはQ氏の愚行の轍を踏まず、すこやかに受験してください!

健闘を祈ります。