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24時間戦えますか(←古い)

「考えるべきことをじっくり考え、考えてもしょうがないことは頭から追い払う」──この境地に入るために、わたくしQ氏は何やら禅僧やヨガの行者のような訓練を提案している。あまり大げさに考える必要もないが、「目前のことにだけ集中する」ということができない人にとって、頭の中の「断捨離」はかなり重要だと思う。

 

Q氏はかれこれ20年以上、小学生から高校生(時に大学生や社会人)までの学習相談にたずさわってきた。その中で、学習指導の成果が最も挙がらないのは、やはり「常に余計なこと、特に不愉快なことをグダグダ考えて、目前の課題に集中できない生徒さん」である。

年齢で言うと、小学6年生と中学2年生に圧倒的に多い。なかでも中2は「中2病」の名がある通り反抗期マックスで、オトナとの衝突が多いし、雑念のかたまりだから、その年齢の生徒さんには、いくら何を言ってもだめなことが多い。

中3の2学期になるとシャキッとしてくる例がほとんどだから、経験的には、中2のうちは諦めて放っておいた方がよいようだ。学習の効果は、生物学的な成長とかなり相関があるように思える。究極にはホルモンの問題だと思う。正常な発育を遂げているひとなら、いつか、だいたいスイッチは入る。

 

大学受験生となると、中2病の時期はとうに過ぎてはいるが、まだ人間関係に酔い、人間関係に惑う時期だろう。さらに、大学受験をまともにこなそうと思うと「作業」量が膨大となる。

難関大学受験では、普通の処理能力の人にとっては文系3科目で3年半~4年、理系の5教科7科目で5年分くらいの分量がある(およその目安)。要領があまり良くない理系学生なら、ゼロから始めて共通テストで全科目8割超えられるようになるまでに、下手をするとまるまる6年かかるのではないか。高校3年間+3浪。

当然、もっとかかる人もたくさんいるはず。

 

だからこそ、受験期は他の誘惑をすべて退けて「作業」を含めた勉強に没頭しなければ、物理的にとても間に合わない。

これを「受かりたいのなら、やるのが当たり前。そういう努力ができない奴はクズ」とかうそぶく人には、生きとし生けるものとしての人類への愛と、リアルな観察眼が足りないと思う。そんな性格の悪いあなたのことも、神仏はきっと、リアルな眼で見ている。

他にもやりたいことが多い人生の時期に、我慢して勉強、勉強。どんなぐうたら受験生でも、思えばかなり大変なことをやっている。けなし合うのではなく、優れたスポーツマンのように、お互い労をねぎらい合った方がよい。

すべての受験生は競争相手、ライバルであると同時に、戦友である。愛の足りない利己的な受験生よ、自分だけでなく他人の努力も認め、困難をともに乗り切る意識を持とう。そんなあなたの窓辺には、必ず幸せの青い鳥が舞い込んでくる。

 

…ともあれ、雑念を捨てるにはどうしたらよいか。ここでようやく「習慣化」が出てくる。

習慣化…結論としてはかなり平凡だ。平凡だが、言い古されたことを実践するのが、ほんとうに、ほんとうに大変なのだ。つまり「歯を磨くようにして勉強する」こと。

 

いや、医学部受験生に対して、それはあまりにもありきたりなアドバイスでしょ。勉強の習慣化など、もうとっくにできてる…そう言う人は幸いなるかな。天国はあなたのものだからである。

でも、今に至るまで、本番でも模試でも成果を出せていない受験生は、「習慣化なんて完璧だ」と果たして本当に言えるか。習慣化できているのなら、なぜ今まで成果が出せていない?

 

勉強の習慣化といっても、毎日一定時間、机に座って必ず勉強する程度では、難関の試験を突破するには実は足りない。四六時中、ほぼ24時間、夢の中でも勉強することが必要である。

要するに、勉強に使える時間はほぼ全部使う。まさに禅の境地。「24時間これ修行」という境地を作らないと、学習内容が終わらない。ぜんぜん終わりまへん。

 

…とは言っても、現実には1日24時間の勉強は無理だ。

ただ、24時間、いつでも勉強できるようにスタンバイしておいて、文字通りの空き時間ができたら、すぐ勉強を開始することならできる。「空き時間の徹底活用」と言った方が分かりやすい(なあんだ)。

が、いつも準備してチャンスをうかがっていないと、いざ空き時間ができても、簡単に勉強態勢には入れない。親の仇のそばに仕えて、懐剣を抱き、常に相手の寝首をかこうと狙う暗殺者のような心境が必要だ。隙あらば勉強。

 

トイレで勉強。風呂で勉強。食事をしながら勉強(「お行儀が悪いからやめなさい」という家族には「だったら大学に落ちてもいいの? 落ちたら責任とれるの?」という逆ギレを、一度くらいはしてもよい。文句を言うだけで責任を取ってくれないのなら、言葉は汚いが、外野はとっとと黙らせろ)。寝る時も勉強。

それくらい勉強していると、あまり頭脳が優秀だという自覚がない人でも、おそらく一定の成果には届く。何とか勝機が見えてくる。

勉強は、やはり残念ながら、ある程度までは量だからだ。そして、量はかなりの確率で、質に転換する。

 

「けっきょく『量』『根性』かよ。これだから昭和脳の老害は…」

と舌打ちする諸君の姿は目に見えるが、ものごとを的確に処理するのに十分な経験が、ひとえに一定量の課題をこなすことからしか得られないという事情は、釣りでもバスケットボールでも、パズルでも楽器演奏でも勉強でも一緒である。この「量→質」の問題は、重要だから次回も取り上げよう。

 

苦もなく「量」をこなすには、課題の消化を習慣にするしかない。そして、習慣にできれば、「量」をこなすことができる。

…ここで紙数が尽きた。本丸の「習慣化」になかなか話が及ばないが、また次回以降に。