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気にしない力

前回まで「頭がよくて性格が悪い人」問題について長々と考察した。頭がいいのに性格の悪い人がいる原因には、あとひとつサイコパス」あるいは「パーソナリティ障害」、つまり脳機能の障害を考えなければいけないと思うが、それはまた別の機会に。

 

いずれにせよ、ひとは人間関係によって生かされ、人間関係によって病む。

大学受験、特に医学部をはじめとする難関受験の場合、全精力を勉強につぎ込まなければ、結果はなかなか出せない。勉強に没頭するためには、心を曇らせるささいな悩みは、なるべくなら遠ざけたいものだ。

別に受験生でなくとも、余計な悩みを抱えながら日々を生きると、精神のエネルギー水準が大きく低下し、生活の質がはなはだ落ちる。たとえば炊事や掃除をはじめとする身の回りのことをやる気力が失せ、たちまち食事が偏ったり、部屋が汚くなったりする。

「悩まなくてもよい悩み」にいかに心を支配されずに過ごすか。まさに人類永遠の課題と言ってもよいだろう。

そして、その悩みの大部分が、他人によってもたらされるのだよね。

 

振り返ってみてほしい。朝、嫌なことがあったとする。自転車がパンクしたとか、財布をなくしたとかではなく、親と喧嘩した、友達にチクリと嫌味を言われた、など。

以来1日じゅう、そのことばかり考えていないだろうか。

他人から言われた、心ない、たったひと言に対して、24時間、下手すると1週間以上も、えんえん「脳内反論」を続けてしまわないだろうか。

時として、友人知人に言われた嫌な言葉や、その人の悪しき性格特徴を表すキーワードなどを、わざわざネット検索して、ネット住民の反応を調べたり…。

冷静に考えれば、かなりムダだよね。貴重な24時間の使い方としては。

 

人間とは、こういう風に時間をつぶしてしまう生き物らしい。経験した不愉快なできごとを心の中で反芻することに、そうとうな長時間を費やしてしまうものらしいのだ。

分かっちゃいるけどやめられない。

そして繰り返しになるが、そのできごとの9割以上が、人間関係由来なのである。

 

道で千円札を拾ったとしよう。くじが2回連続で当たったとしよう。小さいとはいえ、まぎれもない幸運だが(千円札は交番に届けようね。どのみち3カ月後にあなたのものになる)、あなたはそのできごとの喜びを1週間、毎日思い出すだろうか。

幸せはすぐに当たり前となり、忘れ去られる。まして他人が関わっていなければ、幸運は道端の石ころ同然だ。われわれは、それを心の糧に生き続けることはできない。影響が軽すぎて。

裏を返せば、他人が関わる不幸が、いかにわれわれの人生に影響力を振るうか、ということだ。

 

そして、他人の望ましくない影響を人生から排除すること、つまり「そのことについて考えないこと」は、放っておいたら絶対にできないのである。人は、不愉快な対人関係を必ず想起してしまう。

医学部受験生諸君も、ともすれば「今日の不愉快」にえんえんとらわれ、脳内反論に忙殺され、勉強のノルマがまったく終わっていない…という状態に陥ってしまうのではないだろうか。これは「睡眠不足ゆえに、気がつくと眠ってしまっている」と同じくらい、受験生を悩ませる問題である。

 

睡眠不足でつい眠ってしまう場合は、いっそ短時間でも仮眠をとり、目覚めてから勉強するのが唯一の解だと思われる。風邪をひかぬよう注意しさえすれば、机の上に突っ伏して2~3時間眠るだけでも、人はかなり息を吹き返す。

戦場の兵隊みたいなものだ。睡眠不足は大敵だが、当座はちょっと寝ておき、あとで布団に入り、ゆっくり眠るという手はある。

 

「不愉快を引きずってしまう」心理も、眠くなるのと同じく、人間にとっては自然なものだ。だから、やはり意識して対処法を身につけるしかない。

要は、すばやい頭の切り替えである。

 

これが難しい。とかく難しい。

すぐに頭を切り替えること。これこそ人生における最難題と言ってもよいのではないか。少なくとも、わたくしQ氏はこれが少しできるようになるまでに、四半世紀くらいの時間は確実に費やした。そもそも、そのことの重要性に気づくのにさえ、かなりの時間がかかっている。受験生時代は、もちろんできなかった。

考えない、気にしない。よりよき人生を過ごすためには、これが意外と大切なのである。皆さんは、これができているか。

 

受験生は、日ごろから考えることを推奨されている。特に国語と数学は、考える力の弱い学生には重荷だ。講師などの指導者からも、考えろ、考えろとうるさく言われるはずである。

が、面白いことに、人は考えなくてもよいことをえんえん考え、考えなければならないことをまったく考えないのである。それが人間の本質だ、と言ってもいいような気がする。

余計なことがらに関しては「気にしない力・考えない力」を後天的に、筋力トレーニングのようにして身につけないと、どうしてもグダグダ考えてしまう傾向がある。

 

また紙数が尽きた。次回、もうちょっと「考えないこと」の効用について「考える」ことにしよう。