唐突だが、医学部受験生の皆さんは「借金を返さないと何の罪に問われるのか」ご存じだろうか。
法律の話である。法学部志望ではないから知らない? …まあ、そう言わずに。
オトナという年齢の人なら、ほとんどの人が知っているから、世の中の秘密でも何でもない。一般常識である。
答えは「何の罪にもならない」。
借金を返さないのは刑罰の対象となるような罪ではなく、ただ「借金を返さない状態が長引いている」だけだと見なされる。犬が散歩に行きたがらず、リードに引きずられながらグズっているような状態だ。
むろん、道徳的には盛大に非難される。ただただ、ひたすら返せと言われ続け、時には民事裁判(刑事裁判と異なり、刑罰を科されない)に訴えられる。
裁判に負けると、もはや言い逃れはできなくなり、お金に換えられるものが少しでもあれば、差押えなどの強制的な方法で返済させられる。自宅が競売にかけられたりするのは、これだ。
が、民間人同士であれば、借りたお金を返さなくても、最後まで刑務所に入れられることはない。貸主にがんばって頼み込み、返済期間を延ばしてもらい、時に返済額を割り引いてもらって、それでも返せなければ「自己破産」などの手段に訴える。この言葉は聞いたことがあるだろう。
返せないものは返せないから、仕方がない…で終わりにするのだ。言葉は悪いが、ていのいい「踏み倒し」とも言える。
「やらなければいけないことは分かっているのに、なぜか勉強する気になれない」というのは、この「借金を返していない状態」(法律の言葉では「債務不履行」、中でも「履行遅滞」というらしい)に似ている。
返さなければいけないことは分かっている。が、ずるずると返済しない。返済のための努力も、いつの間にかやめてしまった。
今は、借金を見ないようにしている。忘れている。返済を迫られないよう、いつも借金とは関係のない、目前のささいなことに熱中して時間をつぶしている。逃げられないことは分かっているが、決定的な破綻に至るまでは夢を見ていたい。
「オレ・アタシはまだ本気出してない」──心の底ではそう思っている。
明日、目が覚めたら、自分がまっさらに生まれ変わっていて、周囲の世界も完全に別の姿に更新されている。何もかもが新鮮で、自分はアニメの透過光のようなまばゆい陽の光を浴びながら生き生きと活動しはじめ、むろん猛烈に、常人にはできない勢いで勉強し出す。ついに本気を出す時が来たのだ。
…んなわけはない。
だが、意外にそういう夢物語を信じてしまう、或いは信じざるを得なくなるような絶望的無為に陥ってしまうことが、人間にはある。SUNSUNたる太陽の光を浴びて目覚めるはずが、気がつけば、暗く湿った、洞窟のような布団の中にいる。すえた汗と、髪の脂の匂い。
ここには成功の可能性はカケラもないが、真実があり、文学がある。
文学というのは、往々にして、こういう人間のネガティブな面を凝視するところから生まれるものだ。医学部志望の諸君には、このブンガクが分かるだろうか。
「コスパの悪い」文学部など行かないから分からない?
でも共通テストの国語で出るぞ。第二問。
…というあたりで、また紙数が尽きてしまった。次週につづく。